おじさん日記
20260106
いやはや、鬼カッキー
↑は背景以外はワタシの私物です。
1938年ごろの関東軍の先任下士官をイメージして組み立てました。下士官は普通軍刀を佩用(はいよう)しないのだけど、曹長は官給品の安物の刀なら支給されていました。官給の刀は鉄鞘が特徴。そんなに質が良いものではなかった思うが、大事に扱われていたようです。
満洲北部の治安戦を想定すると分隊や小隊単位の現場指揮官が異常な強権を単独で所有する傾向にあり、身分や権威の象徴である刀や拳銃を携行するってことが普通にありました。似たような仕事をする憲兵などは上等兵から刀と拳銃を佩用しました。
つーか日本の軍隊は内地は規則でガチガチだが外地では規則が激ユルで二等兵でも敵を殺す武器としてなら自前の刀を持っても別に怒られませんでした。ただ、いわゆる帯刀できる身分として認められるのとは意味が違った。
現場と建前が全然別の思考で動いていたのです。実に日本らしいと思いませんか。紛れもなく我々の祖先です。
また、着ている軍服は1930年制式の昭五式軍衣なのですが、これは日本軍が最も強く勢いがあった時代の象徴として中国のオタクの間では大人気?らしく、しつこいぐらいフィギュア化されています。映画等でも出演の機会が多く、中国人からすると日本軍といえばこの軍服のようです。
襟に赤い兵科章がつくのが正装ですが、赤くて目立つので平時には権威・威厳を示すのに有効だった訳ですけれど、野戦の最中では狙撃兵の良い的だとされ現場の兵隊は外している人が多かったそうです。防寒着を着ても襟から覗くあの赤は目立ちましたからね。
また、1938年は帽子が画像のような略帽(戦闘帽)へと切り替わっていく過渡期でした。九八式軍衣が新たに採用された年でもある。
華々しく権威ある軍隊のイメージから、1931年の満州事変、1933年の熱河作戦を経て帝国陸軍は泥臭い現場主義・実戦主義へと変わって行ったのだ。赤い正帽はやはり目立つのでほとんど使われなくなります。対して戦闘帽は上から鉄メットを被れる、折り畳んでポケットにしまえる、遮光効果も高いと文句無しの実用性だったのでみんながこれを使い始める。今でも警察官や消防士が似たデザインの帽子をかぶってますよね。資源節約という観点でも優秀で、終戦まで日本軍はこの略帽を使い倒すわけであります。
軍服の考証から見えてくる歴史ってものに惹かれており、今思うと昔やってた戦争映画レビューも軍服の考証にばかりやたらに紙面をさいていたなと。懐かしく思い出したりしました。
2026年1月1日木
あけまちんこ おめでたまきん
今年もよろしくお願いします。この超アナログ日記。おそらく今年のどこかで終了となります。お名前.comのログインの仕方がわからなくなってしまっており、ドメインの更新の支払いができなくなっちゃってるんですよね。前の古いカード断捨離したので。
何月なのかわかんないんですが、多分、どこかで支払いが滞ってこのブログ急に消えちゃうと思います。自分としても不本意なので頑張ったんですけど、どうしてもログインできないです。昔の古いメールアドレスがログインIDになっているみたいで、そのメールアドレスにアクセスできないもんですから。
まぁ、死兆星が落ちてくるその瞬間まで頑張りたいと思います。まるで人生ではないか。いいね。
それはそうと、今年は大晦日にも書いた通りで、ミリタリーフィギュアに全力投球したいです。といっても金がないんで加工したり修理したりまぁそういう方向ですね。AIで背景作るの簡単なんで昔みたいにジオラマ作ったりする必要もないし、小物を集める必要もないですから。で、見せる場所が必要だと思うんで、まぁどこかのSNSでも使うかなって感じです。日記が潰れたら、そこに移るってだけかもしれないすね。
とはいえ、僕長文書くの大好きなんです。何事も深く深く深く深く考えるの好きでねえ。そのせいで若い頃は気がつかなくてもいいことにすぐ気がついて落ち込んでましたけどね、よく。しかし、そういうのを最近「哲学パワー」と名付けましたが、物事を深く考えて、なぜそれがそうなっているのか、探求する精神性それ自体は悪いことじゃないはずですよね。暗闇に灯す松明のような存在であるはずです。
そんなわけで、昨日秋葉原ウロウロしてたのに1つも6分の1フィギュアのルーズパーツを見つけられなかったと言う衝撃的な事実について深く考えました。昔はボークスとかイエサブとか行けば、大体何か売ってましたけどねえ。。ほんとに1つも何もなかったんで。意図的な何かを感じた。ユダヤ人がいなくなったポーランドの街並みのような。1つのカルチャーが徹底的に根絶された原因とは。
多分、物流価格の上昇だとか、6分の1フィギュアの商品管理の煩雑さ、メンテナンスの面倒くささ、ニッチで大変な割に売り上げが立たないなど、いろんな理由があると思うんですけどねえ。
それは理解するけど、結構好きな人多かったはずなのに、とりあえず並べとけば買う人がいたはずなのに、売り場から完全に消えたというのは非常に示唆的ですね。
例えば、今でも残る数少ない売り場は「宇宙船」という店があるんですが、こちらはオンラインショップはかなり充実してるんですよね。6分の1フィギュア。だから、6分の1フィギュアで在庫があると書いてあるものを店まで行って、現物を買おうと思って、それで、秋葉原までわざわざ行ったんですが、店員さんにこれありますか?と聞くと、「いや、ないっすね」と。「オンラインショップズは在庫別ですからね」と。で、終わりました。終了のゴング。
もちろん他の店にも行きましたよ。いのう商店とかね。かつては、6分の1フィギュアのルーズパーツが集まる場所でしたが、やはり1つもなかった。
じゃあ代わりに何が置かれているかって言うと、アニメなんですよね。萌え萌えなやつ。おっぱいと尻がでかくて、顔は幼女のやつ。醜い人間の欲望の具現化です。いや、売っててもいいんだけど、秋葉原はそういう街ではあったから。でも、ほんとにそれしかないわけです。
後は、鬼滅の刃とかジョジョとか、やはり、アニメのフィギュア。ホットトイズやネカのようなアメトイすらほとんど置いてなかったんですよね。どういうわけなのかと思いました。
ホットトイズやミリタリーは、新商品が出てお店で予約の受付が始まれば、予約は一瞬で完売してしまいます。買う人はいるんですよ。しかも彼らは熱狂的です。相当な高額でも迷うことなく買います。そして、それを飾ったりカスタムしたり、場所がなくなれば売却したりします。売却が盛んに行われれば、二次市場も活発になります。ネットの世界ではホットトイズもミリタリーも相当元気なんですよね。
しかし売り場には置かれない。これは一体どういうことなんでしょう?
もちろん、ナチスや戦争をイメージしたものを店頭に置けないのはなんとなくわかります。秋葉原をうろついて思ったのは、半分以上は外国人の観光客だってことです。インバウンドの目線にさらされるならば、児童ポルノもナチスも店頭に置けないのはわかります。
また、最近はインバウンド客が日本に来たらアニメフィギュアをお土産に買うというのが様式美になっているそうで、香港製のミリタリーフィギュアやホットトイズは、日本じゃなくても手に入るわけですから、インバウンド客にしかターゲットを向けてないのだとしたらお土産物屋みたいにどの店でも同じものを扱うっていうのは起こり得ることですね。日本でも温泉地に行ったら、どこにでも似たようなキーホルダーやお菓子が置いてあります。それと似たようなことかも。
とは言え、いろんなカルチャーが集まる終着点であった秋葉原が巨大なお土産物屋になっちゃったのは隔世の感があります。逆に言えば、もう日本のオタクが行く必要のない街になってしまった。その辺の話題に疎くて、俺はようやく昨日気がついたわけですけど。多分、オタクたちの間では、とっくに既成事実として知られていたんでしょうね。
まあ、ある意味迷いがなくなったのはよかった。もう欲しいものがあったら、ネットショップで即ポチる、それに限るわけです。それ以外考えなくて良くなったのはよかった。
また、eBayのような海外の二次市場にも選択肢が広がるようになりました。相当割高にはなりますが、発送のやり方を工夫すれば、多少はコストを抑えられますので。そうやって仕入れ値を少しでも安くしとけば後で金が必要になったときに、損せずに済むってわけですからね。
6分の1フィギュアは究極のニッチ趣味となりました。入り口は狭く、出口は見つからない。究極の沼。また楽しむためには、相当な知識も必要。軍服や兵器の考証が正しいのか。時代設定が妥当なのかどうか。それらを全てクリアしないとマニアは買わないわけです。しかし、それらをクリアした商品は、とんでもない高額でもあっという間に市場から消えてしまいます。
かなり面白いですね。面白すぎるので、最近はクライミングのことを忘れてしまう日も増えた。買うばかりでは金が追いつかないので、カスタムにも凝ってみたい。
しかし、店頭で現物を確認する手段が1つもなくなってしまったっていうのは危ういですね。
ブラックメタルのCDですら、現物売ってる店はいっぱいあると言うのに。どういうわけですかね。入荷すれば売れないわけではあるまいに。
カルチャーとしては、先細りしていくばかりでしょうね。年月と共に作り手がいなくなって、買い手もいなくなるばかりですよ。考えてみれば、第二次大戦の頃に限れば、それらのフィギュアを欲しがるのはオッサン以上限定なんですから。我々の世代が歳を取ったり、少しずつ死んで数を減らしていけば、ネットでも買おうという人がいなくなるわけです。そうなれば、作る人もいなくなるでしょう。この分野は、どの道滅亡が約束されてるってことです。
しかし、商品のラインナップを見ると今が最盛期なのかもしれない。ものすごく精巧に作られてますし、歴史交渉も完璧で一切の妥協を感じさせない。フェティッシュな哲学パワーでみなぎっている。
これらの素晴らしい品々が作らてれるのも今だけなのかも。俺が収集にはまっていた20年前は、旧日本軍のフィギュアなんて数えるほどしかなかった。買い手がいなかったからです。しかし、今は世界中にマニアが増えたとかで、やたら充実してるんです。その敵側の国民革命軍や八路軍のフィギュアまで充実してるんですよね。(そして国民革命軍の日本とドイツの軍服を掛け合わせたような様式美にウットリしてます)
もちろん在庫を見つけるのは困難ですし、大抵とんでもなく高額です。しかし、これほど完璧なものを作られるなら、こちらも敬意を払い、お金に糸目はつけません。なにしろメーカーはほぼ香港。つまり中国人です。彼らはリスクを承知で旧日本軍や国民革命軍のフィギュアを製作しているのです。しかも完璧な考証で。そこに敬意は払う。金も払う。その勇気と献身と技術には価値があるからである。
っつーわけで、要するに今日の日記はこれから旧日本軍のフィギュアを集めるぞという、ひとり決起集会みたいなもんだね。
がんばりますよ。今年はいい年になる気がする!やるぞ

