この「反証」という観点で眺めてみると、興味深い結果が浮かび上がる。人は「反証」をする時間的、心的余裕がない場合、前置きを入れてもほとんど宣伝に対する抵抗力は見られなくなるのである。つまり前置きを入れても、宣伝がくるとわかっていても、その直後に注意をそらすようなことを言って考える時間を与えなかったり、被験者がその宣伝に興味がなくてろくに考えようとしない場合、(自ら反証する気さえない場合)宣伝に対する抵抗力は格段に薄れることがわかっている。ここが大変重要である。
我々はぼんやりとテレビや新聞を眺めることが多い。多くの場合、新聞やテレビは興味を引くような刺激的な内容ではないからだ。真面目にみない。見てはいるけど興味がないから。見るともなしに見ている。なんとなく。しかし皮肉なことにそのような態度が、洗脳を招く最悪の態度である。宣伝者が自分たちを取り込もうとしている、そのことは知っていても真面目に見ていないから反証しようとしないため、結果的に宣伝に踊らされてしまうのである。思い起こしてほしい。政治に興味がないものほど南京大虐殺を中国プロパガンダそのままに信じ込んでいる。そして興味がないから本当はこうかもしれない、というような議論に耳を貸そうとしない。彼らの洗脳は強く、簡単に目覚めさせることは出来ない。
おっと・・・上記の内容ではいかにプロパガンダに抵抗するかではなくいかにプロパガンダにかけるかを書いてしまっているようである。しかしいかに抵抗するかは、いかに洗脳してこようとするかという戦術を知る上で生まれる。時に、我々は悪魔の宣伝者の身になっていかに人をだますか、を考えてみることも宣伝に対する抵抗力になるはずである。そして以下の三つを考えよう。
・宣伝している側はこの宣伝で何を得るか
・どうしてこのような宣伝方法を用いるのか?どうしてほかの方法では駄目なのか?
・宣伝者の要求に従わなかった場合、何が起こるか?別の選択肢はありえないか?
ということである。努々忘れぬよう・・・。
そして最後に、自らの立場に軽く反論を入れてみるのである。「このタバコを買ってみてもいいんじゃないか?流行りだし、話のネタぐらいにはなるだろう」「いや、このタバコは大分前吸ったことがあるが大してうまくない。それにこの広告会社のCMは白々しくて嫌いだ、買ってやるもんか!」と。ある実験では自らの信念に軽い反論を加えて、より強力な反証で自らの信念が正しいと証明された場合、免疫効果が現れて態度が変わりにくくなるということである。難しい例えだったかもしれないが、簡単に言うと、打たれ強くなるということだ。常に自分の信念が正しいかどうか自問自答し、議論をし、信念を固めておくことが最も効果的であると実験は示している。簡単に宣伝に踊らされてしまう人は、自らの信念にある種の挑戦を受けたことがない人なのである。そのため、子供は経験が未熟ゆえ、だまされやすい傾向にあるのではないか。
総括
独裁者になる方法
ここまでの長文を全て読んできた貴方なら、いかにして独裁者になるべきかという骨組みは理解できたはずである。ではここではまとめとして、実際独裁者になるためにどのような手順を踏むのかをおさらいして終わるとしよう。
まずあなたは宣伝の重要性を知らねばならない。無知な大衆を牽引していくには効果的な宣伝が不可欠であることを理解せねばならない。決して軽視してはならない。
そして貴方は何よりもまずジャーナリズムを手中にしなければならない。ある革命家は「どんな革命家にもカラーテレビが必要だ」と言った。
・・・
さあ、今あなたはある番組の編集者と、コネで結託するチャンスを得たぞ。いまや番組プロデューサーはあなたの党の同志である。貴方はカラーテレビのとある番組で自分たちを巧妙に宣伝する重要なまたとないチャンスを得たわけだ。
運がいいことにその番組は夜の9時から開始だぞ。その前までは難しそうなドキュメンタリー番組をやっているようだ。知的水準の高い階層の人間が続けて貴方の番組を観る可能性が高いぞ。これは滅多にないチャンスである。
あなたはこの番組で巧妙に宣伝を行うべきだ。小難しいドキュメンタリーにするより娯楽性の高いエキサイティングな番組にするべきだ。必要とあらばあなたは芸能人やロックアーティストを出演させることも出来る。娯楽の中に巧妙に宣伝を縫いこめよう。そして宣伝は反論も織り交ぜて公平性をアピールするべきである。しかし、その反論を打ち砕く、より強い反論も提示して、結局宣伝が正しいことを強固なものとすることを忘れないように。司会者は清潔で知的で、さらにユーモアのある人物に出来れば望ましい。後はこの番組を繰り返し、視聴者の反応が変わるのを待てばよい。ここで最も重要なことはプロパガンダしているということを視聴者に知られはならないぞ。特に小難しい番組にすると視聴者は嫌がってチャンネルを変えるかもしれない。人は自らの信念が揺らぐとき、不快感を感じて理屈抜きに耳をふさぐ性質があるんだ。こうさせてしまうと宣伝の効果は落ちることになる。こういった行動をとらせないために娯楽性の高い番組にして何度も何度も似たようなことを繰り返すのである。娯楽番組ならば宣伝されていることに気づかずになんとなく影響を与えることが出来るぞ。視聴者の、ある宣伝に対して反論を与える余裕を削ぐことができる。チャンネルを変えることも少なくなるだろう。
まだやることはあるぞ。あなたは自分の党の宣伝機関をつくり、出版社や新聞社をつくるべきだ。気遣い無用にあなたとあなたの党を好意的に宣伝してくれるぞ。たくさんの子会社を設立したり、経営不振の出版社を取り込んだり、社員をたくさん雇ってそれを大きなものとしなければならない。さあそれができるかな?もちろん膨大な資金が必要だ。あなたの思想に賛同する資本家と結託している必要があるぞ。この世で最も重要なものは人脈だ。
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さあ、今あなたは選挙で多大な効果をあげたぞ。長年の宣伝戦略が成果を挙げたようだ。
あなたはある国の国家元首になれたぞ。あなたはこれから自分の意見に反対するであろう全ての他の政党を解散させ、議会と国防軍を手中にしなければならない。宣伝と暴力装置を手中にすることが絶対不可欠だ。
あなたは必要とあらば軍よりも、党とあなた自身にのみ忠誠を誓う暴力装置を設立することもできる。イランの革命警備軍や、ナチスの突撃隊、親衛隊、イラクの共和国防衛隊などのような武力部隊だ。あなたは彼らを徹底的に洗脳して高い報酬を与え、あなたの命令に一切の疑問をはさまないまでに教育する必要がある。洗脳とは朝鮮戦争のときに中国共産党や北朝鮮がアメリカ兵捕虜に対して行った教育のことをさして、生まれた言葉だ。これは単純で簡単だ。自分にとって望ましい行動をしたら高い報酬を与え、望ましくない行動をとったら厳罰をかすということを徹底的に繰り返すだけだ。厳罰に効果的な拷問方法も説明できるがこれはまた別の機会にしよう。どうかな、簡単だろう?あなたは彼らをセミナーとか合宿という名の下に外部から切り離す必要がある。親兄弟とも面会させてはならない。手紙は全て検閲し、あなたの悪口がもし書いてあったら徹底的に再教育を施すべきだ。そして仲間意識や集団規範を設定し、これらを守ることが最も重要だと教育しよう。もちろん集団に属することが誇らしいというような高揚感を継続的に与え、外部を敵とみなすように教育しよう。これで彼らは集団に属していることを誇りに思い、集団から離れることを恐れるようになるぞ。あなたの忠実な私兵になったわけだ。彼らを仮に「特別行動隊」と呼ぶことにしよう。
後は無知な国民に自分ひとりを絶対的な指導者だと思い込ませることによって、独裁を正当化し、政権を磐石なものとしなければならない。
貴方はメディアの全てを支配するべきだ。あなたの党に反対するジャーナリストには取材をさせないようにしよう。そして時には警察や先ほど教育した特別行動隊などを使って取調べを行ったり、脅しをかけたり、スパイを送り込んだりして活動を停止させよう。そして党に好意的な新聞社には情報をふんだんに与え、賄賂を送ったりして優遇しよう。
ポスターやビラを利用しよう。数百万、数千万のビラやポスターを印刷し、手中にした出版社に安価で販売させよう。もちろんデザインは力強く、美しく、視覚にアピールし、国民に高揚感を与えるような計算されたデザインにしなければならない。四六時中どこを見渡してもあなたの党のポスターが視界に入るようにしよう。
宣伝はさっきも述べたように娯楽の中に縫いこませよう。人気アイドルやロックミュージシャンの全てを買収しよう。そして学者や大学教授のような知的階層を全て取り込もう。あなたの指示に従わない知的階級者は全て強制収容所に送るか国外追放にしよう。それを正当化するようなテレビ番組、映画をたくさん作ろう。映画やテレビ、演説には歓喜し、拍手喝采するあなたの支持者を多数、さくらでもなんでもいいから印象的に動員しよう。こうすれば「みんなが支持するならなんとなく私も~~」という非論理的模倣を起こさせることが出来るぞ。人は多数の意見から孤立することに耐えられるほど強くはない。大衆は常に孤独を感じていることをわかってあげよう。あなたは彼を孤独感から解放してあげるべきだ。視覚に訴えるために「特別行動隊」に規律の美しさを表現させよう。一糸乱れぬ力強い行進や軍楽を大衆に見せてあげよう。そして国民に恐れられているそれらの上に立つあなたの存在を印象的に宣伝しよう。大衆はこの国の支配者が誰であるかを学ぶはずだ。
これで、政権をとる前から稼動していた宣伝機関とともに番組の全てをあなたの思うように操作することが出来るようになった。もうあなたの国は巨大な「第6サティアン」だ。わざわざ隔離する必要もなくなったぞ。国民の心は全てあなたの思うように操作できる。もし戦争が起こったら、敵を弱弱しく宣伝してはならないぞ。もし戦いに敗れたときに「弱い敵に負けたわが国の軍隊」の言い訳が出来なくなるぞ。敵は手ごわく、そして残忍で恐ろしく、悪魔のような存在だと宣伝するべきだ。敵は手ごわく恐ろしいが、その悪に困難を乗り越えながら勝利する軍隊を宣伝しよう。これで実際に戦闘に破れたときに、負けたことを正当化し、また負けたことによってさらに強く戦意を鼓舞することが出来るようになった。さあ命令しなさい!国民はあなたの指導を待っているぞ!
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如何だろうか?
うさんくせえ、と思った人もいるだろう。恐ろしいと思った人もいるだろう。気色悪いと思った人もいるはずだ。長くて読んでられねえと思った人が一番多いかもしれない。
上記の「独裁者になる方法」は全てアドルフ・ヒトラーとその片腕ヨーゼフ・ゲッベルス、アメリカ大統領選挙、中国共産党の洗脳法をブレンドしたものである。もちろんこれをこのまま再現することは個人には不可能である。天文学的な金が必要だし、幾多の予期せぬ困難があるだろう。しかし、有力な政治家、マス・メディアには十分に可能である。あなた方は彼らの宣伝戦略を見抜き、抵抗しなければならない。この文章を書いたのはそれが目的である。決して悪用してはならないし、簡単に行えると思ってはならない。これでこの長たらしい文章も幕であるが、この文章を読んで宣伝戦略の巧みさや誰が利益を得ているのか、という裏側を疑う気運が整った人が独りでもいれば、筆者としては望外の喜びである。
うさんくせえと思った人のために参考にした文献を以下に示す。
大衆と政治の心理学/若田恭二/勁草書房
世論と群集/ガブリエル・タルド著/稲葉三千男 訳/未来社
群集心理/ギュスターヴ・ル・ボン/桜井成男 訳/講談社学術文庫
1984年/ジョージ・オーウェル/新庄哲夫 訳/ハヤカワ文庫
洗脳の科学/リチャード・キャメリアン/兼近修身 訳/第三書館
20世紀の権力とメディア―ナチ・統制・プロパガンダ/平井正/雄山閣
プロパガンダ―広告・政治宣伝のからくりを見抜く/A・プラロカニス E・アロンソン著/社会行動研究会 訳/誠信書房
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