【行動修正】洗脳の歴史【マインドコントロール】

Head of "Mind Control" Jack Gariss conducting group who are hooked-up to bioscope machines. Location: Los Angeles, CA, US Date taken: March 1972

洗脳が産まれた日

ロシアで革命が起こると、数百万のロシア人にとって母なる祖国は生き地獄と化した。そんな地獄に苦しむロシア人の中にある生理学者がいた。ペトロヴィッチ・パブロフだ。

彼は消化腺についての研究に対し、1904年にノーベル賞を受けた人物である。その後パブロフは条件反射という先駆的研究の方でも名声を博した。ベルの音を聞かせながら犬に餌を与えるのを繰り返した場合、犬はそのうちベルの音を聞くだけでよだれを垂らすようになる。いまや心理学の学生ならば一年生で習うこの逸話はパブロフが発見したものだが、革命家たちが用いた飢餓によるテロは、この偉大な研究者でさえ苦しめ、彼が実験で使っていた犬は餓死し、パブロフ本人でさえも燃料不足のために一日中ベッドで毛布にくるまっていなければならなかった。よく言われることだが飢餓に追い込まれると人間の思考能力は簡単にゼロになる。パブロフは追い詰められ、死を待つのみとなっていた。

そんな時、どういうわけか運命がむら気を起こした。モスクワがパブロフに召喚状を送ったのだ。ボリシェビキの最重要人物ニコライ・レーニン本人がパブロフに会いたがっているという。レーニンは彼の実験の話を聞いており、強い関心を持っていたのだ。

レーニン

 

パブロフ

クレムリンへ連れていかれたパブロフは名誉ある客人として迎えられた。独裁者は実験について詳しく述べるよう求めたが、消化器官や血液循環に関する彼の仕事にはこれっぽっちも興味がないとにべもなく告げた。「私が知りたいのは、あなたが犬を使ってやられた実験です」

パブロフは辛抱強く説明した。レーニンもまた辛抱強く聞いていた。説明が終わると、レーニンは「私の関心は人間です」と言った。しかし、パブロフが行ってきた実験の過程から、人間についていったい何が言えただろう? 彼の実験を人間に当てはめるのは大いに推測の域を出ないものであったし、パブロフ自身も自分が十分な心理学的根拠を持てない質問については答えないようにしていた。彼が自信を持って言えるのは、自分が動物実験をもとに条件反射と抑制について発見したことが、人類にとって恵みになるだろうということだけだったのだ。

レーニンは冷酷であると同時に頑固者でもあった。彼はパブロフを個人的な客人としてクレムリンに引き止めた上で、研究課題を与えたのである。パブロフは自分の研究が、どのようにヒトという種に影響を与え、また与えうるのか正確に事細かに説明するよう求められたのだ。

パブロフはモスクワの要求通りに研究に打ち込んだ。そして、約六〇ページに及ぶ原稿を書き上げレーニンに届けたのだ。独裁者は興奮気味に握手を求め、研究を続けるようにと告げた。「金のことは心配ご無用です」独裁者は言った。「必要なものは何でも用意して差し上げましょう」そして、熱意に満ちた様子でこう続けた。「あなたは我々の革命を救ってくださったのです。あなたの発見のおかげで国際共産主義の未来が保証されたも同然となったのです」

何年か経ってから、「レーニンが何を言っているのか、あの時はわからなかった」とパブロフは語っている。
レーニンは革命を進めるに連れ、新しい理想社会に順応し得る革命的人類を造り出すための自発的協力を得ることが、いかに難しいかを知り、苛立っていた。彼はそうしたことをロシア人に押し付けるテクニックのヒントを、パブロフの研究の中から見出したのである。独裁者は、ロシア人を共産主義に条件付けしようとしたのである。人々の意志が「党」の意志、すなわち自分の意志と同じになるように。

このようにして、人間の行動を外部から強制的に変容させる技法、「行動修正(Behavior Modification)」がソ連において産まれた。以来、様々なテクニックが人々の悲劇と共に開発され、洗練されてきたのである。

洗脳の基礎

旧ロシア帝国の秘密警察「オフラナ」は人々を服従させるのに科学を必要とはしなかった。彼らは疑わしい人物を監獄にぶち込むと、単に自白するか死ぬまで拷問を加えたのである。

革命後、共産主義者たちはオフラナの手法に加えてパブロフらが開発した科学的手法を取り入れた。目的は人間を外部からコントロールすることであり、そのために必要なプロセスは大きく二つに別れ、場合によっては片方だけを用いるし、場合によっては両者を組み合わせて用いる。それらは「抵抗を弱める」プロセス(=条件付け)と、「教化」のプロセスである。

前者は人間を操作するために用いられ、後者は誤った信念(例えば民主主義や人権などといったような)を持つ人間を転向させるために用いられる。コミュニストは極めて冷酷な実際家だ。目的のためにはあらゆる手段を用い、無駄だと思うことは一切しない。重要なのは結果だけなのである。

初期の頃、すなわち革命直後の刑務所やグラーグ(=強制収容所)、精神病院や学校で洗脳の実験と実践が同時に行われた。
飢餓、神経の緊張、脅迫、殴打、その他の暴力、不眠による疲労、時には薬物や催眠術などといった「魔術」まで控えている。

ただし、どのようなやり方であれ、その手法は大きくまた二通りに分かれる。一つは共産党がしばしば「学習」と呼ぶものだ。もう一つは「自白(告白)」である。「学習」と「自白」が洗脳の基礎となっていることは疑いない。「学習」はコミュニストの視点からの政治教育である。中国や北朝鮮では、すべての人が「学習学級」に出席せねばならない。「すべて」というからには無論、大人も子供も、農民も軍人も秘密警察も共産党員もだ。すべて出席を強制される。このようにして党は個性を破壊する。というのも、ただの一人でも個性を持ち続ける者があれば、社会全体にとって危険と見なすからだ。

学習は共産主義文学(例えばゴーゴリのような)の研究で始まる。共産主義者は科学、福音主義、精神医学などを利用するのだが、目的へとこじつけるために必要に応じて新しい事実や新解釈を勝手に付け加え、もっともらしく振る舞おうとする。

そして「生贄」を教化へ条件付けるためにその精神を錯乱させようとするのも重要だ。洗脳とは、精神的に誘惑し、普段なら嫌でたまらないようなことでも受け入れさせてしまうほどに脳を惑わせるシステムとも言える。

洗脳の技法

Ⅰ.作為的飢餓

共産主義は実際に行われるとなると、辞書で定義される言葉とは全く異なることを覚えておかねばならない。共産主義とはまったくの権力システムなのだ。はなから合理的な人類の福祉に貢献するようなものではないのだ。「党」はそれをよく理解しており、従わせるために洗脳を用いねばならないと理解している(冒頭のレーニンとパブロフの逸話に見るように)。「党」は「生贄」が本当に共産主義を信じたりするなど、そんなことはこれっぽっちも期待していない。ただ従えば良い。躾の良い、大人しい党員でさえあれば良いのである。

気をつけておきたいのは、洗脳はただの教育や単純な教化などではない。洗脳は遥かに破壊的なものである。洗脳の初期のテクニックはほとんどロシアの共産主義者たちが考え出した。飢餓や計画的に人を栄養不良に追い込むこともその手法の一つである。西側世界の栄養士の役割はバランスの良い食事表を提供することだが、共産主義社会の栄養士は食べ物の摂取量を政治的思惑に合わせて増減することなのだ。

共産主義者たちは、死にはしないまでも、脳が効果的に働くにはまったく不十分な量の食べ物しか与えない。この戦略はかつて全ロシアにおいて現実に実行された。理由は簡単明瞭だ。腹を空かしている人間は騒ぎを起こさないし、叛乱など夢にも思わないからだ。加えて、わずかな食糧をチラつかせることで、人々はそれを得るために死ぬまで自発的に働こうとするからである。更に重要なのは、飢えることで、あらゆる道徳観念が破壊され、人は自分の仲間とも憎むべき弱肉強食の競争へと駆り立てられてしまう。飢餓が現実を非現実的なものへと変えてしまい、「生贄」は更に暗示にかかりやすくなってしまう。

Ⅱ.不眠と疲労

長期間に及ぶ疲労もコミュニストが使う洗脳の手段である。疲労による効果はまったく猛烈なものとなる。きっかり一時間でいいからまったく動かずに壁に向かって立つというのを一度やってみればその効果がよくわかるだろう。洗脳を受けつつある「生贄」は丸一日中、昼も夜もなくフラフラになって倒れるまでこんなことをやらされているといっても過言ではない。

疲労と不眠は一体のものとして扱われる。まったく寝ないでも数日間なら生きていられるだろう。だが、長時間寝ないでいると妄想を起こしたり、精神に異変をきたしてしまう。人は眠ってこそ明晰に頭脳を働かせられるのだ。尋問者は事実上眠っていられないような状況を意図的に作り出す。うたた寝していてもいつとなく起こしに来たり、荒々しく叩き起こして金切り声で怒鳴ったり嘲笑したりバカ呼ばわりする。尋問者はじっくり休憩を取り、交替で責め立て続ける。複数のチームに分かれ、「悪玉役」と「善玉役」で分業することもよく知られている。「生贄」が死ねば目的を完遂できなかったとして上から責められるので、時には一時間ぐらい「生贄」を眠らせ、また叩き起こす。これを延々繰り返す。

Ⅲ.緊張

長期間にわたって緊張を強いる、という手法もよく用いられている。自分がなぜ捕まり、いつまでぶち込まれ、最後にはどうなるのか、「生贄」は必ず知りたがる。だが、尋問者はそのことには決して触れない。彼らは罪状についてさえ教えないのが普通だ。なぜ拘留され、何を求められているのか、決して教えない。このことは「生贄」が自分で内心の恐怖と疑いを育てることにつながるし、これも一種の拷問なのだ。「生贄」は完全に外部と遮断される。面会も許されず、郵便物も届かない。新聞も読めない環境で何年でも何年でも孤立状態に置かれるのだ。尋問官だけが会うことのできる唯一の人間となるのだ。ロシア人は尋問を始めるまで、数週間、時には数ヶ月も「生贄」をこのような孤立状態に置くのが普通だ。中国や北朝鮮ではそれよりも遥かに遠回りな辛抱強いやり方が採られている。拘留理由については糸口すら教えずに、時には数年間も一人ぼっちで座らせておくのだ。

「生贄」の精神状態は「混乱」などという生易しいものではなくなってくる。来る日も来る日も真っ暗闇か煌々と明かりがつきっぱなしの独房の中に座って、自分がひょっとしたらやったかもしれない大ヘマの一つ一つを思い返させられる。自分の思いつく限りの行動を、いちいち思い浮かべてみる。何を言ったんだ? 誰に? いつ? 一週間前か? それとも半年前? それとも6年前だったろうか。しかしこれは何かの間違いじゃないのか? いや、間違いなんてありえない、党が間違いを冒すことはないって、みんなそう言っている……

数日が数週間に、数週間が数ヶ月となる。閉じ込められる期間が長引けば長引くほど、「生贄」の精神状態は不安定となる。「生贄」は何が何でもどうにかして当局全員を満足させるような罪状を自白してしまおうと一心にストーリーを考えるようになる。数週間に一度の尋問で、尋問者から紙を配られ、「自己批判」と呼ばれる文章を書かされる。「お前はまだ反省していない」「まだ嘘をつこうとしている」「まだお利口ぶってやがる」と何度も何度も書き直させられ、尋問官が「自己批判」を褒めてくれれば喜ぶようにもなる。つまり「生贄」自身に事件をでっち上げさせ、まさに自分自身が検察官となり、自分自身に有罪を宣告するのだ。これも共産主義者たちが用いる極悪非道のテクニックの一つだ。

Ⅳ.暴力

初期の頃にはよく暴力も用いられた。「生贄」は椅子やテーブルに縛り付けられ殴られる。手足の爪の裏に針が刺し込まれたり、歯科用のドリルで歯に穴をあけたり、鼻の穴に鉛筆を突っ込まれることもあった。囚人が法廷に出廷する必要がない場合には特殊なハンマーで整骨不可能になる程骨を砕いたりもした。

Ⅴ.薬物

1943年にスイスの科学者によってLSDが初めて合成され、わずかな量で精神病に似た症状を惹き起こすことから、以降は精神病を研究するための実験ドラッグとして活用された。ただ、CIAによる「MKウルトラ」によって人を外部から精神的に操作するため、自白を容易とするためとして人体実験が広く行われ、LSDの幻覚作用や妄想によって自殺者が出る結果となった。

また、アンフェタミンについても言及せねばならない。アンフェタミンは非常に速く脳に侵入し、神経興奮物質であるノルアドレナリンを活性化させる。その結果交感神経が刺激を受けて、精神に高揚感をもたらすのである。アンフェタミンによって人の活動は機敏となり、飲まず食わずでも平気となり、極度に活発な興奮状態となる。薬物としては喘息の吸入器、睡眠発作の治療、痩せ薬、トラック運転手や受験生の気つけ薬として使われてきた歴史を持つ。60年代後半には恍惚感を求める若者によって静脈注射されるようになった。

日本でもよく似た構造を持つメタンフェタミン(=覚せい剤)が特攻攻撃を行う若い兵士に配布され、恐怖を消し勇気を奮い立たせるために多用された。戦後は製薬会社の手元に大量のメタンフェタミンの在庫が余る状況となり、「眠気覚ましと元気づけ」の薬として一般に宣伝され、販売された。その結果は悲惨である。1955年までに65万人以上の日本人が覚せい剤中毒となり、そのうち少なくとも6万5千人が統合失調症に極めて類似した、不可逆的精神病に罹ったのである。

Ⅵ.精神外科

精神病に有効な薬が開発されたのは1950年代のことである。それまで人類は精神疾患に対しては呪術的な迷信や脳外科手術、体罰や矯正行為で対抗するしかなかった。最初に脳外科手術を思い立ったのは古代ローマ人である。脳にある種の刀傷をつけることによって精神疾患を和らげることができると考えたのだ。

中世になると前頭葉のある神経線維を切断すればよいのだと知るようになった。1940年代になると、二人の医師がロボトミー手術を開発し、眼窩の奥にアイスピックを突き刺すことで前頭葉の神経線維を切断し、脳を去勢できると考えこれを実行した。精神病による興奮状態や幻覚がおさまることもあったが、多くの患者は極端に無気力になったり怒りっぽくなったり、考えをまとめたり計画的に行動できなくなった。

てんかん発作にも精神外科が活用されている。左右の脳をつなぐ脳梁と呼ばれる部分を切断するのである。施術後、一見何の問題もなく、発作も消えるが、左右の半球間での情報のやり取りができなくなることによる特殊な機能障害(右手でドアを開けようとして、左手で逆に閉めようとするなど)が生じることがある。これは分離脳となった後遺症である。分離脳についてはWikipediaにも記述がある。

分離脳となった患者は、その患者の左視野 (つまり両目の視野の左半分) に画像を呈示された際、それが何の画像なのかを答えることが出来ない。この理由は、多くの人々において言語優位性半球は左半球なのだが、左視野にある画像は脳の右半球にのみ伝えられるためと考えられる。2つの大脳半球の連絡が切断されているため、患者は右半球が見ているものを答えることが出来なかったのだ。しかし、患者は左視野にある物体を左手で掴んだり、認知したりすることが出来る。これは左手が右大脳半球によりコントロールされているためである。

ロボトミー手術は人権問題とエビデンスの不足を指摘されるとともに、有効な抗精神薬の開発によって廃れたが、脳梁離断術はてんかん患者に対して現在でも行われている。

洗脳の歴史

Ⅰ.ルビヤンカ刑務所

1950年代になると、ロシア人たちは洗脳のテクニックをより一層洗練させた。モスクワのジェルジンスキー広場にあるルビヤンカ刑務所には13個の「部屋」が設置されている。革命初期の頃は、NKVDのスタッフが憐れな「生贄」を立つにも座るにも寝るにも狭すぎる独房へ放り込むことがあったが、戦後それらの「部屋」は悪魔の研究をどんどん吸い込み、洗練されて行った。

1971年に西側に亡命したKGBのステッフェン・ソルビリン少佐が、英国情報部に語った内容によれば、その「部屋」はいまや広さは十分である。ただし、何の変哲もないのは広さだけであり、他は悪魔的研究の産物である。

空気も音も遮断されている。空気はフィルターを通して内部に取り入れられる。つまり、どのような臭いでも音でもパイプを通じて送り込むことができる仕掛けになっている。

備品としてはトイレの腰掛けと、寝台として壁から突き出ている金属製の壇だけだ。その壇は一定角度に傾いていて、人がそこで寝ようとしたら踏ん張らなければ転げ落ちてしまいそうになる。結局、収監者は眠るためには床に転がねばならないのだが、床からもセメント製の杭が突き出していてやはり眠るのは難しい。

天井や壁も特別仕様だ。まるで万華鏡のような色彩の模様が映る巨大な鏡で覆われている。決してでたらめな模様ではなく、様々な「効果」がテストされた模様だ。しかも網目状のワイヤーで覆われているため収監者は叩き壊すことができない。

「部屋」の照明にも問題がある。収監者は数日間も真っ暗闇の中で座らされたかと思えば、手をかざさなければ眩しいと感じるほど、壁と天井が光を発することもある。

音響も完全に操作されている。時には死のような静けさ。それから音の磔刑ともいうような数日が続く。金切り声、凶暴な笑い声、発狂したようなくすくす笑う声……そんな音が隠されたラウドスピーカーから流れてくるのだ。

「部屋」には窓も時計もなく、睡眠は不規則なので時間的感覚は早晩失われる。看守に会うこともない。食べ物は独房の扉の下部の穴から挿し込まれる。大抵はカーチャという薄いオートミールのようなものを出される。食事の時間も不規則になるよう計算されている。

ソルビリン少佐は英国情報部に語る。

「その部屋に入れば、どんな強靭な精神の持ち主でも打ち砕かれてしまう。我々の実験でそれは証明されている」

Ⅱ.ソ連の精神病院

ソ連にも本来の意味での純粋な精神病院はあるが、政治犯のために作られた特殊な精神病院も存在する。医師はそこで何食わぬ顔で政治犯を「精神異常」と診断し、「治療」を試みる。その「治療」内容も異常である。

1.ストレス・アセスメント――プライバシーを剥奪したり、最低最悪の仕事を与えたり偏食や睡眠不足を強いる

2.感覚遮断――狭い独房で孤立させる。真っ暗闇で無音の状態に留め置かれる

3.嫌忌療法――苦痛や恐怖をひき起こす心理・医学的手法を用いる(例えば電気ショック)

4.化学療法――行動を変化させるため、薬物を使用する

5.精神・神経外科――脳への外科的手術

心理科学的手法の理論では、パブロフの古典的条件付けや、スキナーのオペラント条件付けが採用されている。特にオペラント条件付けはシンプルで、望ましい行動を取った場合には報酬を与え、望ましくない行動を取った場合には罰を与える――これを徹底するのだ。これはあらゆる行動修正技術の基礎である。

Ⅲ.北朝鮮の精神抹殺術

朝鮮戦争中、朝鮮労働党は二種の精神抹殺行為を行った。一つ目は純粋に肉体の痛みに訴えかける残忍な拷問である。その残酷さは筆舌に尽くし難く、いくつかを紹介するに留める。「ダイヤモンド坑」という拷問では、犠牲者は割れたガラスを敷き詰めた板の上を無理やり這わされたり、釘を打ち込んだ地面の上を荒縄で引きずられたりする。「トラの椅子」という拷問では、犠牲者を長椅子の上に仰向けに寝かせ、膝の関節が外れるまで足に石をどんどん括り付ける。バリエーションとしては、犠牲者をうつ伏せに寝かせ、背中の椅子に石を積み上げていき、死ぬまで放置するのだ。「空飛ぶ飛行機」という拷問では、犠牲者の親指と親指を括り付けて空中に吊るし、死ぬまで何度も冷水に放り込む。「中国の長靴」という拷問では、膝から下をL字型に覆う特殊な靴を用いる。紐を縛り上げると足の骨が砕けるようになっているのだ。それもゆっくりと。

朝鮮人が用いたもう一つの洗脳技法は、純粋に心理学的な論拠に基づいた手法である。
朝鮮戦争が始まって間も無く、アメリカ兵捕虜が北朝鮮で拷問を受けているらしいという戦慄的情報が合衆国中を駆け巡った。捕えられたアメリカ兵が実際共産主義の宣伝活動に加担していたからである。捕虜達は自分の母親や故郷の地方紙に手紙を送り、「暴利を貪るウォール街の戦争屋どもが、罪のない労働者を苦しめるのをやめさせてほしい」「アメリカ空軍が空から細菌兵器をばら撒き罪無き人民を虐殺している」などと訴えていたのである。

合衆国の専門家達は、捕虜に相当酷い拷問が加えられていると信じたが、これは誤りであった。帰ってきた捕虜達は傷一つ負っておらず、飢餓状態でもなく、薬漬けでもなかった。厚待遇が与えられていたのである。代わりに捕虜達はスキナー派心理学の原理を応用した教育プログラムを受けさせられていた。

拷問を受けるとの噂を信じていた捕虜達は、学習センターに連れて行かれて拍子抜けする。そこには若い英語を喋る中国人がいて、「私はあなた達の敵ではありません」と訴えてきたからだ。半年ほどの間、軽い労働を課されるだけの毎日が続く。豪勢ではないが、食糧も十分に提供され、思想に干渉してくることもない。その後、形式的な教育プログラムが始まる。哀れなGI達は毎日その講義に出席せねばならない。14名ぐらいの討議グループに分かれ、講義の後にディスカッションを行う。捕虜達がコミュニストの講義に対して、どのような反対意見を出そうとも罰せられることはないが、授業への参加を拒否すれば連帯責任としてグループ全員への食糧供給が止められる。

美術クラスがあって、コミュニストが「美術」とみなすものだけを描いていれば報酬が与えられる。それは例えば血塗られた手をしたトルーマン(当時の米大統領)の絵であったり、朝鮮人の子供達を死神に差し出そうとする肥え太った帝国主義の「戦争屋」の絵であったりした。このような絵を描けば、いつもと違った報酬が与えられた。いつもよりマシな食事であったり、キャンディーやタバコを受け取ることができたのである。

Museum painting in Democratic People’s Republic of Korea (North Korea) showing American atrocities in Korean War

朝鮮労働党はあからさまに密告を奨励し、密告者には気前の良い報酬を与えたのである。その結果、捕虜達は自分の殻に閉じこもり、外部から自分を絶縁状態に置いた。

合衆国の精神科医達は、捕虜の信じがたい行動の変化の背景にどんな原因が潜んでいるのかと推測したが、彼らに為されたことは一見無害で、人間的にさえうつった。だが、こういったテクニックの一つ一つがスキナー派のオペラント(操作)心理学の基本原理を用いていることが後になってわかってきた。その時になってようやくアメリカ人は洗脳の持つ油断のならない本質を理解し始めたのである。

Ⅳ.CIAによる「MKウルトラ」計画

米中央情報局(CIA)は、朝鮮戦争での捕虜への洗脳が行われたとの報告を受け、自らも洗脳に関する人体実験「MKウルトラ」計画を開始。これは1951年から72年まで行われた合衆国による最高機密の工作である。「MKウルトラ」では149の研究プロジェクトが実験を行っていた。例えばその研究内容は「極細ファイバーや微細繊維」を人間の皮膚に移植することによって「ポリグラフの遠隔測定」(嘘発見テスト)を簡易化できるか否か、といった内容である。今では記録の多くは破棄されており、CIAがどの程度までこの実験による成果をあげていたかは定かでない。

実験は多岐にわたっており、一瞬で何が起こったのか気づかれないままに人を殴り倒して気絶させる方法を見つけ出す研究などもあった(映画などでは首筋に軽く手刀を当てるだけで勝手に気絶してくれたりするが)。一見馬鹿馬鹿しいのだが、これらもどのような道具をどのような場面で使えば良いのか、などと高度に整備された実験場でテストが繰り返されていた。成果のほどはやはり未解明な部分が多いとされている。薬物実験も行われていた。
CIAの25年間に及ぶ努力に2500万ドルが費やされたが、上記のように資料のほとんどは破棄され、全容の解明は不可能となっている。

「MKウルトラ」計画で忘れてはならないのは、これらの実験体に市民が使われたことである。CIAと連邦麻薬局が共同して麻薬密売人や犯罪容疑者をモルモットに使ったことが報告されているし、各州の刑務所の囚人や、捕らえられたKGBのスパイも例外ではない。コミュニストに操られた海外のデモ隊に向かって投げつけられる催涙弾や悪臭弾、くしゃみ弾を発射する装置なども研究された。時には一時間あたり100ドルのバイト料で集められた学生までもモルモットにしたのである。精神操作や自白を効率良く引き出すため、マリファナやLSDが試されたり、尋問時の記憶を消すために精神外科(ロボトミーなどの脳への手術)まで試されたという。

Ⅴ.グァンタナモ収容所

これはキューバのグァンタナモ湾に存在する米軍基地の写真である。
アルカイダがのろしを上げた対テロ戦争にアメリカはまっしぐらに突き進み、アメリカ国内や世界で捕えられたテロリストやその予備軍をここに連れてきて収容した。

そしてどうやらここでは囚人に対する過激な拷問が行われているらしい、と世界が気付くのに大して時間はかからなかった。

グァンタナモはアメリカの国内法もキューバの国内法も及ばない治外法権地区であり、周囲は海と地雷原で囲まれているため脱走は困難。軍法のみが適用される。かつてハンナ・アーレントが述べたように「完全な支配に達する本質的な最初の一歩は人間の中の法的人格を抹殺すること」がまず必要とされたのである。

フードをかぶせたり殴打したり顔に水をかけたり※眠らせなかったり、メタルやノイズミュージックを12時間ぐらい爆音で連続して聴かせるなどの拷問が「強化尋問テクニック」として2014年12月に報告書としてまとめられた。
ここで楽曲を無断で使われたとしてカナダのインダストリアルバンド「SkinnyPuppy」が楽曲使用料として666000ドルを請求。自らの楽曲を本当に人を傷つけるために使用したアメリカ国防総省に対し怒りを露わにした。

※顔に布を被せて水をかける拷問は映画「ゼロダークサーティ」や「ルートアイリッシュ」などでもおなじみ。”Waterboarding”と呼ぶ。大層苦しいそうである。下手すりゃ学校でもどこでもできてしまうお手軽さが怖い。

これらは白人がアフリカやアジアで行っていた伝統的な拷問や、アメリカがベトナム戦争で行っていたやり方や、イスラエル国防軍がパレスチナの民に行っていた拷問法のミックスで、兵士たちは効果的な拷問法を勉強して実践していたらしい。

少し前にCNNの記事でグァンタナモ刑務所に収監されたある囚人のインタビューが載っていた。一部抜粋する。

米中央情報局(CIA)の拷問について上院が6000ページの報告書をまとめたという話を聞いた。だが私が語るのは、この報告書が対象としているCIAの行動とは別に、グアンタナモで起きたことだ。上院の報告書は、米国人が受け入れなければならない現実の始まりにすぎない。
それは凍り付くような小さな独房の静寂の中で始まり、終わる。
独房の扉が開く。私に対する最初の尋問は3カ月間続いたと思う。尋問は2組に分かれて交代で昼も夜も続けられた。
尋問は毎回、怒鳴り声で私を起こすところから始まる。それから私の顔や背中を殴る。私はただ眠りたくてたまらず、頭がくらくらする。この部屋は壁一面に人の顔写真が張ってあり、彼らはそれぞれの写真の人物が誰か教えろと私に迫る。だが私は知っていたとしても、ほとんど焦点を合わすことができない。怒鳴り声やののしり声はますます大きくなる。そして彼らが部屋の隅にいた男にうなずくと、男が私の腕の2カ所に何か薬物を注射する。そこまでしか覚えていない。
凍るような独房。扉が開く。今度は看守が入ってきて、野生動物のようなものすごい騒音を立てる。
私はいつも抵抗して、運ばれてくるわずかばかりの食事を食べることを拒んだ。尋問の担当者は私を嘲笑い、そして腹を立てた。大声でののしって食事を私の頭にぶちまけた。彼らは隅にいた男に、静脈注射で私に栄養を取らせるよう指示した。男は私の腕の2カ所にチューブを挿入し、出血させた。
凍るような独房。扉が開く。今度は看守が私を床に押し倒し、順番に背中を踏みつける。
私はもうこれ以上絶食はできないと告げる。彼らは食事を床にぶちまけて豚のように食べろと言う。トイレに行かせてもらえない。ますます耐えられなくなってくるのを彼らは眺め、もし私がパンツの中に漏らしたらレイプするぞと通訳させて笑う。
凍るような独房。扉が開く。彼らは私を立たせ、米国旗に敬礼させる。
映画館のような部屋でほかの囚人たちが虐待される映像を見せられる。それから私に踊れと命じて、彼らが私につないだ鎖を引っ張りながら、円を描いて走らされる。拒もうとするたびに、彼らは私の最も触れられたくない部位を触る。
凍るような独房。扉が開く。雨が降って、至る所にぬかるみができている。私は足枷をされていてうまく歩けない。彼らはわざとぬかるみの上を引きずり回す。
今度はポルノ部屋だ。至る所にひどい写真。男とロバの写真もある。私は衣服をはぎ取られて裸にされ、ひげを剃られる。私の宗教に対するいわれのない侮辱だ。女性の裸の写真を見せられる。いろんな動物の鳴き声を出せと言われ、拒むと殴られる。冷たい水を頭から浴びせられて終わる。

これらの拷問に、20世紀初頭に共産主義者たちが編み出した「技術」が参考にされてるのは疑いない。

おわりに――現代の洗脳の舞台

洗脳は過去の遺物だろうか? それは違う。例えば学校。そこでは教師による体罰や見せしめ、最悪な仕事をあてがったり特定の生徒を孤立状態に置いたりして、行動を矯正しようとする試みがいまだ活発である。これらは血に飢えたコミュニストの秘密警察のやり口と何ら変わりはない。

精神病院。ついこの間まで、患者は三つ指ついて看護師に跪き、薬や食糧を「頂戴」していた。医師や看護師が治療と称して労役を課したり、拘束したり殴りつけることも普通のことであった。暴れる患者を独房に留置したり、電気ショックを流したり、過剰に抗精神薬を投与して大人しくさせることは今でも普通の「医療行為」である。

老人ホームや施設では、認知症の高齢者や障害者を懲罰として寒空の下に放置したり、頭を小突いたりおむつの交換をわざと遅らせたりする虐待が日常的に行われている。彼らはこのようにして障害者が夜間に騒ぎを起こさなくなると信じている。

刑務所では明治時代から変わらぬ軍隊式の規律が守られており、囚人は飴と鞭で行動を統制されている。

宗教カルトでは、違法な薬物の使用や、コミュニスト流の集団学習や自己批判が用いられ、操り人形と変えられた日本人が山ほどいる。オウム真理教はLSDを使用していたし、内部での集団リンチや「時計仕掛けのオレンジ」顔負けの思考洗脳が暴露されて問題となった。幸福の科学、創価学会・・・まだまだカルトは日常に蔓延っているし、内部で何が行われているのか解明するのは難しい。

キューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」やジョージ・オーウェルの「1984」、オールダス・ハクスレーの「素晴らしき新世界」は、人間を外部から洗脳する様子が描かれているが、これはSF映画としての創作や空想の産物ではない。いずれも現実に行われた破壊的な思考洗脳を元ネタに作られた作品である。マインドコントロールは決して空想の産物ではないし、幽霊やお化けのような、架空の恐怖ではない。

座間市の連続殺人犯、白石隆浩容疑者も洗脳について学んでいたという報道も見られた。洗脳の心理的テクニックの基礎は、上記のごとくスキナー派心理学のオペラント条件付けや、パブロフの古典的条件付けが重大なヒントとなっている。その技術はシンプルであり、誰にでも真似することが可能だ。

最も恐れるべきは学校である。我々は誰しもが「学校」へ我が子を送り込まねばならない。「学校」へ行かなければ社会の成員として扱われないからだ。しかし、そこは様々な洗脳が実践される恐ろしい場所である。どうすれば良いのだろうか。調べたが、洗脳に抵抗する手段に関する研究は多くなく、CIAによるLSDを使用したわずかばかりの研究があるのみである――(LSDによって被暗示性が高まると、容易に自白することもあれば逆に意志が固くなることもあるという)

洗脳は、あらかじめ「洗脳されるかも」と心の準備をすることで効果が弱まるとの報告がある。敵の戦術を知ることのみが、「自由」を守る唯一の手段なのかもしれない。

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