家族愛、同胞愛、感動、涙、愛国心……
ホロコースト映画が安易に逃げ込むこれらのファクターを全部排除した、思わずひるむ暗すぎるホロコースト映画をご紹介します。
謀議/Conspiracy(2001)
ナチス秘密警察の総本山《国家保安本部(RSHA)》長官ラインハルト・ハイドリヒが主催した、「ヴァンゼー会議」。ナチスドイツの各省庁の実力者が一斉に招かれ、ユダヤ人を絶滅させるという方針をはじめてつまびらかにし、いかにしてそれを成し遂げるか、意思の調整が行われた。
この会議の直後、ナチスの支配領域、主にポーランド、ウクライナ、ベラルーシ、バルト三国など東欧を中心に、ユダヤ人ゲットーの解体と絶滅収容所への移送が空前の規模で開始されるのであった。
この映画は、そのヴァンゼー会議の模様を演じたお芝居を延々と見せられるだけの映画なのだが、本当に狂った世界だ。ハイドリヒの右腕だったアドルフ・アイヒマンが議事録の書記を手がけ、「絶滅」や「殺害」などの言葉を、「移住」「再定住」などのマイルドな言葉に書き換えていたらしい。この映画ではそれら「率直な表現」をキッチリ聞くことができる。
ユダヤ人の絶滅政策は、まさしく国策だった。憎悪や偏見を国家が保証していたのである。その異常にして非現実的な世界の一端を垣間見ることができる、とても不気味な映画だ。
アウシュビッツ行 最終列車/Der lezte zug(2006)
ドイツ国内に住まうユダヤ人は、政財界に強い影響力を持つ者も多く、彼ら特権階級のユダヤ人たちの、アウシュビッツへの移送が本格化したのはわりとあとのほうである。この映画は1943年4月ごろのドイツ国内からドラマが始まる。ユダヤ人の家に、この日を待ちわびたと言わんばかりにゲシュタポが踏み込み、金持ちのユダヤ人たちを一斉検挙。汚い貨車に詰め込んでピストン輸送してしまう。
家畜用貨車に詰め込まれるだけ人間を詰め込み、バケツが二つ置いてあるだけ。一つは飲料水が。一つは排便排尿用である。
喉の渇きと急速に悪化する衛生環境の中で、数時間にも渡って耐え忍ぶユダヤ人たち。東部のわけわかんない国にたどり着くころには絶望と共にこう悟る。「ああ、もう自分たちは殺されるんだ」と。
映画は汽車の内部を写すのみのしんどい映像が目白押し。観ていて辛い。汽車の警備に親衛隊(SS)が常に目を光らせているのだが、わけわかんない理由できまぐれにユダヤ人を公開処刑にしたり、虐待を加えたりする。それも心底楽しそうに。
SSといっても、列車の警備なんてしょっぱい仕事はウクライナ傭兵の仕事である。彼らは「悪魔」と形容されるほどの残虐性で、嬉々としてユダヤ人を処刑しまくる。歌を歌いながら楽しげに、鮨詰めの車内に短機関銃を乱射したり、とにかく異常に残忍。その途方もない憎悪の苛烈さに思わず茫然としてしまう……。
ユダヤ人たちは脱走未遂を起こすが、ことごとく失敗。アウシュビッツにたどり着くと、そこには何の意外性もドラマもない、死ぬだけの現実が待っていた……。