「部屋」には窓も時計もなく、睡眠は不規則なので時間的感覚は早晩失われる。看守に会うこともない。食べ物は独房の扉の下部の穴から挿し込まれる。大抵はカーチャという薄いオートミールのようなものを出される。食事の時間も不規則になるよう計算されている。
ソルビリン少佐は英国情報部に語る。
「その部屋に入れば、どんな強靭な精神の持ち主でも打ち砕かれてしまう。我々の実験でそれは証明されている」
Ⅱ.ソ連の精神病院
ソ連にも本来の意味での純粋な精神病院はあるが、政治犯のために作られた特殊な精神病院も存在する。医師はそこで何食わぬ顔で政治犯を「精神異常」と診断し、「治療」を試みる。その「治療」内容も異常である。
1.ストレス・アセスメント――プライバシーを剥奪したり、最低最悪の仕事を与えたり偏食や睡眠不足を強いる
2.感覚遮断――狭い独房で孤立させる。真っ暗闇で無音の状態に留め置かれる
3.嫌忌療法――苦痛や恐怖をひき起こす心理・医学的手法を用いる(例えば電気ショック)
4.化学療法――行動を変化させるため、薬物を使用する
5.精神・神経外科――脳への外科的手術
心理科学的手法の理論では、パブロフの古典的条件付けや、スキナーのオペラント条件付けが採用されている。特にオペラント条件付けはシンプルで、望ましい行動を取った場合には報酬を与え、望ましくない行動を取った場合には罰を与える――これを徹底するのだ。これはあらゆる行動修正技術の基礎である。
Ⅲ.北朝鮮の精神抹殺術
朝鮮戦争中、朝鮮労働党は二種の精神抹殺行為を行った。一つ目は純粋に肉体の痛みに訴えかける残忍な拷問である。その残酷さは筆舌に尽くし難く、いくつかを紹介するに留める。「ダイヤモンド坑」という拷問では、犠牲者は割れたガラスを敷き詰めた板の上を無理やり這わされたり、釘を打ち込んだ地面の上を荒縄で引きずられたりする。「トラの椅子」という拷問では、犠牲者を長椅子の上に仰向けに寝かせ、膝の関節が外れるまで足に石をどんどん括り付ける。バリエーションとしては、犠牲者をうつ伏せに寝かせ、背中の椅子に石を積み上げていき、死ぬまで放置するのだ。「空飛ぶ飛行機」という拷問では、犠牲者の親指と親指を括り付けて空中に吊るし、死ぬまで何度も冷水に放り込む。「中国の長靴」という拷問では、膝から下をL字型に覆う特殊な靴を用いる。紐を縛り上げると足の骨が砕けるようになっているのだ。それもゆっくりと。
朝鮮人が用いたもう一つの洗脳技法は、純粋に心理学的な論拠に基づいた手法である。
朝鮮戦争が始まって間も無く、アメリカ兵捕虜が北朝鮮で拷問を受けているらしいという戦慄的情報が合衆国中を駆け巡った。捕えられたアメリカ兵が実際共産主義の宣伝活動に加担していたからである。捕虜達は自分の母親や故郷の地方紙に手紙を送り、「暴利を貪るウォール街の戦争屋どもが、罪のない労働者を苦しめるのをやめさせてほしい」「アメリカ空軍が空から細菌兵器をばら撒き罪無き人民を虐殺している」などと訴えていたのである。
合衆国の専門家達は、捕虜に相当酷い拷問が加えられていると信じたが、これは誤りであった。帰ってきた捕虜達は傷一つ負っておらず、飢餓状態でもなく、薬漬けでもなかった。厚待遇が与えられていたのである。代わりに捕虜達はスキナー派心理学の原理を応用した教育プログラムを受けさせられていた。
拷問を受けるとの噂を信じていた捕虜達は、学習センターに連れて行かれて拍子抜けする。そこには若い英語を喋る中国人がいて、「私はあなた達の敵ではありません」と訴えてきたからだ。半年ほどの間、軽い労働を課されるだけの毎日が続く。豪勢ではないが、食糧も十分に提供され、思想に干渉してくることもない。その後、形式的な教育プログラムが始まる。哀れなGI達は毎日その講義に出席せねばならない。14名ぐらいの討議グループに分かれ、講義の後にディスカッションを行う。捕虜達がコミュニストの講義に対して、どのような反対意見を出そうとも罰せられることはないが、授業への参加を拒否すれば連帯責任としてグループ全員への食糧供給が止められる。
美術クラスがあって、コミュニストが「美術」とみなすものだけを描いていれば報酬が与えられる。それは例えば血塗られた手をしたトルーマン(当時の米大統領)の絵であったり、朝鮮人の子供達を死神に差し出そうとする肥え太った帝国主義の「戦争屋」の絵であったりした。このような絵を描けば、いつもと違った報酬が与えられた。いつもよりマシな食事であったり、キャンディーやタバコを受け取ることができたのである。
朝鮮労働党はあからさまに密告を奨励し、密告者には気前の良い報酬を与えたのである。その結果、捕虜達は自分の殻に閉じこもり、外部から自分を絶縁状態に置いた。
合衆国の精神科医達は、捕虜の信じがたい行動の変化の背景にどんな原因が潜んでいるのかと推測したが、彼らに為されたことは一見無害で、人間的にさえうつった。だが、こういったテクニックの一つ一つがスキナー派のオペラント(操作)心理学の基本原理を用いていることが後になってわかってきた。その時になってようやくアメリカ人は洗脳の持つ油断のならない本質を理解し始めたのである。
Ⅳ.CIAによる「MKウルトラ」計画
米中央情報局(CIA)は、朝鮮戦争での捕虜への洗脳が行われたとの報告を受け、自らも洗脳に関する人体実験「MKウルトラ」計画を開始。これは1951年から72年まで行われた合衆国による最高機密の工作である。「MKウルトラ」では149の研究プロジェクトが実験を行っていた。例えばその研究内容は「極細ファイバーや微細繊維」を人間の皮膚に移植することによって「ポリグラフの遠隔測定」(嘘発見テスト)を簡易化できるか否か、といった内容である。今では記録の多くは破棄されており、CIAがどの程度までこの実験による成果をあげていたかは定かでない。
実験は多岐にわたっており、一瞬で何が起こったのか気づかれないままに人を殴り倒して気絶させる方法を見つけ出す研究などもあった(映画などでは首筋に軽く手刀を当てるだけで勝手に気絶してくれたりするが)。一見馬鹿馬鹿しいのだが、これらもどのような道具をどのような場面で使えば良いのか、などと高度に整備された実験場でテストが繰り返されていた。成果のほどはやはり未解明な部分が多いとされている。薬物実験も行われていた。
CIAの25年間に及ぶ努力に2500万ドルが費やされたが、上記のように資料のほとんどは破棄され、全容の解明は不可能となっている。
「MKウルトラ」計画で忘れてはならないのは、これらの実験体に市民が使われたことである。CIAと連邦麻薬局が共同して麻薬密売人や犯罪容疑者をモルモットに使ったことが報告されているし、各州の刑務所の囚人や、捕らえられたKGBのスパイも例外ではない。コミュニストに操られた海外のデモ隊に向かって投げつけられる催涙弾や悪臭弾、くしゃみ弾を発射する装置なども研究された。時には一時間あたり100ドルのバイト料で集められた学生までもモルモットにしたのである。精神操作や自白を効率良く引き出すため、マリファナやLSDが試されたり、尋問時の記憶を消すために精神外科(ロボトミーなどの脳への手術)まで試されたという。
Ⅴ.グァンタナモ収容所
これはキューバのグァンタナモ湾に存在する米軍基地の写真である。
アルカイダがのろしを上げた対テロ戦争にアメリカはまっしぐらに突き進み、アメリカ国内や世界で捕えられたテロリストやその予備軍をここに連れてきて収容した。