この映画は全550分ぐらいのロシアのテレビシリーズで、非常に乾いた淡々とした描写で、感情の起伏を極力抑えた演出が大人向け。しかし、スターリンの鉄の拳に粉砕され、苦渋に喘いだ様々な階層の人々の人間模様は大変奥深く、興味深く観ることができる。戦闘シーンも派手さはないがぶっきらぼうで生々しく、リアルである。
Чекист (1992)
タイトルは「チェキスト」を意味する言葉である。ロシア革命初期に暗躍したチェーカー(反革命・投機及びサボタージュと闘う全ロシア非常委員会)隊員のことだ。
チェーカーが極悪だといわれるゆえんは、誰が罪人かを即決する権利と、拘禁し、追放し、銃殺する権利を全て単独で保有していたからなのだ。したがって彼らを止めることができる者はおらず、権力が暴走し、ロシア全土が処刑場へと変わった。
これは冒頭からラストまで、裁判権、逮捕権、銃殺権の三つを単独で保有していた・・・ってことが馬鹿にでもわかるように、同じシーンの繰り返しである。チェーカーの幹部たちが名前を読み上げ、「銃殺」「銃殺」「銃殺」・・・って無表情で型通りの即決裁判をしているのだが、被告人も弁護人も裁判官もなし。文字通り警察が銃殺する人間を決めてリスト化しているのだ。身も震える恐ろしいシーンである。その後は拘禁した人々を地下処刑場に連行し、全裸にひんむいて銃殺するのだ・・・これを延々繰り返すだけの映画。
異常な映画である。この映画は18禁かどうかなど知らないが、確実に18禁、、というか健全な青少年はまず観るべきでない映画の再筆頭だ。「正常人禁」を提唱したい。しかし、見方によっては葬られつつあった血塗られた歴史に切り込んだ意欲作、ということもいえると思う。西側ではどうもカルト化しているようだ。よほどの映画マニア、歴史マニアにだけオススメしておきたい。繰り返すが、「正常人禁」だ。
善き人のためのソナタ/Das Leben der Anderen(2006)
東独秘密警察。東ドイツの国家保安省。通称”シュタージ”。その異様極まる監視社会とそれに苦しむ草の根の人々の姿を描いている。とても率直に描かれており無駄も少ない映画で、テーマの割には大変みやすい。
主人公が監視する側の諜報員であるため、その内情について詳しい取材が行われている。やっぱこういうのは加害者を主役にした方が面白く感じる。
ある作家とその恋人。恋人は有名女優で作家は反社会主義的態度を疑われている。この二人にシュタージの監視がつき、部屋に盗聴器をしかけられ、恋人は高官に目をつけられて性的搾取を受ける。作家の安全と引き換えに女は体を許す。
世界は停滞し、人々はその原因が身内にあると信じて騙し合い貶め合う。真に暗き日々。
東独秘密警察の監視体制は極めて完成されたものであったらしい。ドイツ人的緻密な仕事の集大成だったともいえるだろう。シュタージには正規職員以外に多数のアルバイトが網の目のように市民の生活に溶け込んでいた。アルバイトもまた市民であり、市民がお互いを監視していたのだ。市民がかつてないほど完成度の高いとされる秘密警察機構に貢献していたのである。この映画にはその一端も描かれている。
トンネル/Der Tunnel(2001)
東独はいまだに謎の多い不思議の国で、映画で描かれることもあまり多くないと思うのだが、この映画は正統派の映画で、東独の支配体制に苦しむ人々が、西側へ地下トンネルを掘って亡命しようとする話をハラハラドキドキの娯楽兼社会派映画に仕立てている。