【行動修正】洗脳の歴史【マインドコントロール】

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 8

共産主義者たちは、死にはしないまでも、脳が効果的に働くにはまったく不十分な量の食べ物しか与えない。この戦略はかつて全ロシアにおいて現実に実行された。理由は簡単明瞭だ。腹を空かしている人間は騒ぎを起こさないし、叛乱など夢にも思わないからだ。加えて、わずかな食糧をチラつかせることで、人々はそれを得るために死ぬまで自発的に働こうとするからである。更に重要なのは、飢えることで、あらゆる道徳観念が破壊され、人は自分の仲間とも憎むべき弱肉強食の競争へと駆り立てられてしまう。飢餓が現実を非現実的なものへと変えてしまい、「生贄」は更に暗示にかかりやすくなってしまう。

Ⅱ.不眠と疲労

長期間に及ぶ疲労もコミュニストが使う洗脳の手段である。疲労による効果はまったく猛烈なものとなる。きっかり一時間でいいからまったく動かずに壁に向かって立つというのを一度やってみればその効果がよくわかるだろう。洗脳を受けつつある「生贄」は丸一日中、昼も夜もなくフラフラになって倒れるまでこんなことをやらされているといっても過言ではない。

疲労と不眠は一体のものとして扱われる。まったく寝ないでも数日間なら生きていられるだろう。だが、長時間寝ないでいると妄想を起こしたり、精神に異変をきたしてしまう。人は眠ってこそ明晰に頭脳を働かせられるのだ。尋問者は事実上眠っていられないような状況を意図的に作り出す。うたた寝していてもいつとなく起こしに来たり、荒々しく叩き起こして金切り声で怒鳴ったり嘲笑したりバカ呼ばわりする。尋問者はじっくり休憩を取り、交替で責め立て続ける。複数のチームに分かれ、「悪玉役」と「善玉役」で分業することもよく知られている。「生贄」が死ねば目的を完遂できなかったとして上から責められるので、時には一時間ぐらい「生贄」を眠らせ、また叩き起こす。これを延々繰り返す。

Ⅲ.緊張

長期間にわたって緊張を強いる、という手法もよく用いられている。自分がなぜ捕まり、いつまでぶち込まれ、最後にはどうなるのか、「生贄」は必ず知りたがる。だが、尋問者はそのことには決して触れない。彼らは罪状についてさえ教えないのが普通だ。なぜ拘留され、何を求められているのか、決して教えない。このことは「生贄」が自分で内心の恐怖と疑いを育てることにつながるし、これも一種の拷問なのだ。「生贄」は完全に外部と遮断される。面会も許されず、郵便物も届かない。新聞も読めない環境で何年でも何年でも孤立状態に置かれるのだ。尋問官だけが会うことのできる唯一の人間となるのだ。ロシア人は尋問を始めるまで、数週間、時には数ヶ月も「生贄」をこのような孤立状態に置くのが普通だ。中国や北朝鮮ではそれよりも遥かに遠回りな辛抱強いやり方が採られている。拘留理由については糸口すら教えずに、時には数年間も一人ぼっちで座らせておくのだ。

「生贄」の精神状態は「混乱」などという生易しいものではなくなってくる。来る日も来る日も真っ暗闇か煌々と明かりがつきっぱなしの独房の中に座って、自分がひょっとしたらやったかもしれない大ヘマの一つ一つを思い返させられる。自分の思いつく限りの行動を、いちいち思い浮かべてみる。何を言ったんだ? 誰に? いつ? 一週間前か? それとも半年前? それとも6年前だったろうか。しかしこれは何かの間違いじゃないのか? いや、間違いなんてありえない、党が間違いを冒すことはないって、みんなそう言っている……

数日が数週間に、数週間が数ヶ月となる。閉じ込められる期間が長引けば長引くほど、「生贄」の精神状態は不安定となる。「生贄」は何が何でもどうにかして当局全員を満足させるような罪状を自白してしまおうと一心にストーリーを考えるようになる。数週間に一度の尋問で、尋問者から紙を配られ、「自己批判」と呼ばれる文章を書かされる。「お前はまだ反省していない」「まだ嘘をつこうとしている」「まだお利口ぶってやがる」と何度も何度も書き直させられ、尋問官が「自己批判」を褒めてくれれば喜ぶようにもなる。つまり「生贄」自身に事件をでっち上げさせ、まさに自分自身が検察官となり、自分自身に有罪を宣告するのだ。これも共産主義者たちが用いる極悪非道のテクニックの一つだ。

Ⅳ.暴力

初期の頃にはよく暴力も用いられた。「生贄」は椅子やテーブルに縛り付けられ殴られる。手足の爪の裏に針が刺し込まれたり、歯科用のドリルで歯に穴をあけたり、鼻の穴に鉛筆を突っ込まれることもあった。囚人が法廷に出廷する必要がない場合には特殊なハンマーで整骨不可能になる程骨を砕いたりもした。

Ⅴ.薬物

1943年にスイスの科学者によってLSDが初めて合成され、わずかな量で精神病に似た症状を惹き起こすことから、以降は精神病を研究するための実験ドラッグとして活用された。ただ、CIAによる「MKウルトラ」によって人を外部から精神的に操作するため、自白を容易とするためとして人体実験が広く行われ、LSDの幻覚作用や妄想によって自殺者が出る結果となった。

また、アンフェタミンについても言及せねばならない。アンフェタミンは非常に速く脳に侵入し、神経興奮物質であるノルアドレナリンを活性化させる。その結果交感神経が刺激を受けて、精神に高揚感をもたらすのである。アンフェタミンによって人の活動は機敏となり、飲まず食わずでも平気となり、極度に活発な興奮状態となる。薬物としては喘息の吸入器、睡眠発作の治療、痩せ薬、トラック運転手や受験生の気つけ薬として使われてきた歴史を持つ。60年代後半には恍惚感を求める若者によって静脈注射されるようになった。

日本でもよく似た構造を持つメタンフェタミン(=覚せい剤)が特攻攻撃を行う若い兵士に配布され、恐怖を消し勇気を奮い立たせるために多用された。戦後は製薬会社の手元に大量のメタンフェタミンの在庫が余る状況となり、「眠気覚ましと元気づけ」の薬として一般に宣伝され、販売された。その結果は悲惨である。1955年までに65万人以上の日本人が覚せい剤中毒となり、そのうち少なくとも6万5千人が統合失調症に極めて類似した、不可逆的精神病に罹ったのである。

Ⅵ.精神外科

精神病に有効な薬が開発されたのは1950年代のことである。それまで人類は精神疾患に対しては呪術的な迷信や脳外科手術、体罰や矯正行為で対抗するしかなかった。最初に脳外科手術を思い立ったのは古代ローマ人である。脳にある種の刀傷をつけることによって精神疾患を和らげることができると考えたのだ。

中世になると前頭葉のある神経線維を切断すればよいのだと知るようになった。1940年代になると、二人の医師がロボトミー手術を開発し、眼窩の奥にアイスピックを突き刺すことで前頭葉の神経線維を切断し、脳を去勢できると考えこれを実行した。精神病による興奮状態や幻覚がおさまることもあったが、多くの患者は極端に無気力になったり怒りっぽくなったり、考えをまとめたり計画的に行動できなくなった。

てんかん発作にも精神外科が活用されている。左右の脳をつなぐ脳梁と呼ばれる部分を切断するのである。施術後、一見何の問題もなく、発作も消えるが、左右の半球間での情報のやり取りができなくなることによる特殊な機能障害(右手でドアを開けようとして、左手で逆に閉めようとするなど)が生じることがある。これは分離脳となった後遺症である。分離脳についてはWikipediaにも記述がある。

分離脳となった患者は、その患者の左視野 (つまり両目の視野の左半分) に画像を呈示された際、それが何の画像なのかを答えることが出来ない。この理由は、多くの人々において言語優位性半球は左半球なのだが、左視野にある画像は脳の右半球にのみ伝えられるためと考えられる。2つの大脳半球の連絡が切断されているため、患者は右半球が見ているものを答えることが出来なかったのだ。しかし、患者は左視野にある物体を左手で掴んだり、認知したりすることが出来る。これは左手が右大脳半球によりコントロールされているためである。

ロボトミー手術は人権問題とエビデンスの不足を指摘されるとともに、有効な抗精神薬の開発によって廃れたが、脳梁離断術はてんかん患者に対して現在でも行われている。

洗脳の歴史

Ⅰ.ルビヤンカ刑務所

1950年代になると、ロシア人たちは洗脳のテクニックをより一層洗練させた。モスクワのジェルジンスキー広場にあるルビヤンカ刑務所には13個の「部屋」が設置されている。革命初期の頃は、NKVDのスタッフが憐れな「生贄」を立つにも座るにも寝るにも狭すぎる独房へ放り込むことがあったが、戦後それらの「部屋」は悪魔の研究をどんどん吸い込み、洗練されて行った。

1971年に西側に亡命したKGBのステッフェン・ソルビリン少佐が、英国情報部に語った内容によれば、その「部屋」はいまや広さは十分である。ただし、何の変哲もないのは広さだけであり、他は悪魔的研究の産物である。

空気も音も遮断されている。空気はフィルターを通して内部に取り入れられる。つまり、どのような臭いでも音でもパイプを通じて送り込むことができる仕掛けになっている。

備品としてはトイレの腰掛けと、寝台として壁から突き出ている金属製の壇だけだ。その壇は一定角度に傾いていて、人がそこで寝ようとしたら踏ん張らなければ転げ落ちてしまいそうになる。結局、収監者は眠るためには床に転がねばならないのだが、床からもセメント製の杭が突き出していてやはり眠るのは難しい。

天井や壁も特別仕様だ。まるで万華鏡のような色彩の模様が映る巨大な鏡で覆われている。決してでたらめな模様ではなく、様々な「効果」がテストされた模様だ。しかも網目状のワイヤーで覆われているため収監者は叩き壊すことができない。

「部屋」の照明にも問題がある。収監者は数日間も真っ暗闇の中で座らされたかと思えば、手をかざさなければ眩しいと感じるほど、壁と天井が光を発することもある。

音響も完全に操作されている。時には死のような静けさ。それから音の磔刑ともいうような数日が続く。金切り声、凶暴な笑い声、発狂したようなくすくす笑う声……そんな音が隠されたラウドスピーカーから流れてくるのだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする