20260329
昨日は45歳の誕生日でした。数少ない岩仲間からお誘いを受け静岡の某岩場へ遠征。初めての岩場で自身としては3ヶ月ぶりの岩でもあり、体重もかなり増えており、ろくすっぽ登れず。
楽しかったか?と言われると楽しかったとも思えず。昼過ぎにはもう帰りたいな…と考えていました。やる気がどうしても起きず。帰りも渋滞に巻き込まれて4時間高速道路の中に拘束されていた。朝四時に起き、無茶な岩登りをした疲れ果てた体で、帰りの運転4時間はヤバい。
こんないかれたことを毎週やるのがクライマーは当然なのです。付き合っていられなくなりました。ガソリン代も戦争でヤバいだろ。仲間にその話をしてもキョトンとしていました。そんなこと気にしてる奴は俺ぐらいなのです。付き合ってられんよ。
登ってる時も楽しさとか皆無で危険だし怖い、というごく当たり前の恐怖の感情が普通に再誕しており、人間として生き物としては普通の感覚にリセットされてるようだなと自分を分析したりしていました。
しかし、恐怖心を麻痺させ負けじ魂で痛くても怖くても面倒くさくても岩場に通い続けること、そんなクレイジーなクライマーが最終的に完登の栄光を手にする。自分はその資格を失ったようです。それをありありと感じました。
良かったのかな、多分。ずっと無謀なことはしてられません。命の危険を感じたことも片手では数えられないぐらいある。両手なら数えられるかな、多分。今死んでないのは奇跡です。そう考えられる程度には無茶なことばかりしていた。つまり阿呆だったのです。
色々リスクを考えて守りに徹する人生にシフトしてきたのですね。気がついたらお金のことばかり考えてるし、ジムでも怪我したくないからここぞというところでも本気を出さずに自粛してます。短時間で練習を切りあげるのが当たり前になってきた。コレステロールの薬もそろそろ飲むことを決意しました。
人間、守りに入れば入るほど魅力が衰えるように思えるが、かといってこの歳で攻め続けることはできないし惨めになるだけです。惨めになるだけならまだいいけど結果も出せないとわかってる。そこにリソースを注ぐことはもうできないのです。
模型趣味を始めようと本格的に準備をしています。最初に作る戦車もコレだと一つ決めた。暇あれば映画も観てる。最近は「落下の解剖学」やイラン映画の「別離」を観た(前適当に流し見したが内容全く覚えておらず、二度目の今回はえらく考えさせられている。考えさせられる映画だ)
映画批評はnoteに書いてましたが、アルゴリズムの変化なのかアクセスがほぼゼロで反響全くなしなので書く意欲を失った。無益なことはもう何一つしたくないのです。45とかもう人生すぐ終わるやん。
いつデカい病気になるのか、死んだ後の遺産整理も現実に考えなければ。今急に死ぬと証券会社の気まぐれにコロコロ変わる二重三重のセキュリティを家族は突破できない。つまり死に金となる。どうすべきかも考えなければ。
誕生日とかくるとこういう現実を思い出させられおめでたいとかとは真逆の焦燥感に囚われ苦しいだけ。やること考えなければならないことが山ほどあって、どれから手をつければいいのか。他人は頼れない。家族も頼りにならない。全部自分が一人でやらなければ。
20260324
どうにかこうにか時間を作って今日仕事帰りに観てきました!メンゲレの映画。タイトル忘れたけど
メンゲレが主題の映画を観るのは多分三度目か四度目か。これも忘れた。
トーマス・クレッチマンがメンゲレの息子の役やってた映画ありましたよね。タイトル似てた気がするがタイトル忘れた。。
メンゲレは優生学権威のオトマール・フォン・フェアシュアーの弟子だったという話を前にしませんでしたっけ?なんかそれも忘れた。。
うーん、批評の難しい映画だと思いましたー
多分二度観ることはないかな。俗物の作った俗な映画って感じだったかな。
一方で、原作小説は評価高いようですね。残念ですが人生の残り時間を想うとこれを手に取る気はないので申し訳ない。誰かの感想を今度読んでみます。。
映画だけ観ると駄作だったかなって感じです。メンゲレを卑小かつ臆病な俗物として描いていたのですが、ならばなぜ今更コイツを取り上げた?って根源的問いが生まれてしまいました。
もとよりメンゲレなぞナチズムの洗脳を大真面目に信じて弱いものいじめばかりしてた出世主義かつ変態のサディストってイメージだと思うのですが、映画でそれを教えてもらわなくても知ってたって感じです!うん!知ってたよ!
師のフェアシュアーのほうがナチの破壊的人種思想のバックボーンとしてありながら、戦後も裁かれず死ぬまで優生学権威として君臨し続けていたわけで、悪の濃縮度、手のつけられなさのレベルが全く違いますよね。まあ詳しくは調べてみてください。
映画の構成が超前衛的で東欧の匂いがぷんぷんするなと思ったらやっぱり監督は亡命ロシア人でした。あれ、なんとかの鳥って映画を思い出したな。あれに雰囲気めちゃ似てた。タイトルまた忘れたが…
むしろナチにはじまりナチに終わった、アウグスト・ディールの数奇な人生に涙したい。ナチで生計立てるってどんな気分だ?まあ、才能は才能であったほうがいいけど本人も複雑な気持ちでいるだろうね。
20260322

ワタシのフィギュア蒐集は基本陸軍で、それも銃や刀を持ったら映える歩兵に限定してました。色々こだわりすぎると沼すぎるのであえて限定。
かつてはドイツ戦車兵も蒐集してましたが戦車がないとかなり寂しいわけで。戦車の1/6スケールを手に入れるのは不可能なわけで。なので諦めとともに蒐集を辞めていました。
ところがである。

先日手に入れたDID社マックス・ヴンシェが映えるジオラマを考えていたら↑のような画像を見つけた。戦車のキューポラ(出入り口)付近のみを造形化した豪華なジオラマセットが発売されており、こんな良いものは昔はなかったので心惹かれている。(まだポチってはいないが時間の問題である。いや置く場所の問題か)
マックス・ヴンシェのフィギュアは完全に造形の完璧さと、プレミア価格の未開封個体が何故なのかヤフオクで2万弱で売りに出されたので衝動買いしたのだが、これが大層気に入ってしまい、もうジオラマ購入は時間の問題。縮尺は異なるが戦車のプラモデルにも興味が出てしまい無限の小宇宙へと旅立つ寸前である。
そうなってしまうとパイパーやヴィットマンのフィギュアも欲しくなるし、ソビエト戦車兵の豪華なレザージャケットの造形美に心惹かれたりしていた。そんなタイミングで日本の戦車兵セットがヤフオクでいきなり出品され、またしても衝動買い。(こちらは既にポチった)
もう資金が尽きているので流石に売りたくないものも売りに出さなければならない。買ったばかりのダースベイダーDX45やフィアラルプレデターも手放す覚悟を決めつつある。こうして沼に更にハマっていくわけである。
戦車兵には手を出さないようにと心に誓ったにも関わらずこれ。しかし金は無くなったが心は豊かだ。
⇩をみてほしいのだが、「ザ・パシフィック」と呼ばれる悲惨な戦争ドラマがありますが、これに登場した九五式軽戦車だ。


日本の戦車としては標準的でまともな性能であり、故障が少なくそこそこ速く走るので南方戦線でもよく使われていた。豆戦車並みに小さく装甲は薄く火力もショボかったので対戦車戦では一方的にやられるだけの存在であったが、故障が少ないというただ一点に置いて信頼され、割と大量に生産された戦車である。
実はノモンハン戦が対戦車戦では初陣でそこそこ活躍したとかしないとか、評価が割れている。
「ザ・パシフィック」については今度改めて語りたいが、この映画は九五式軽戦車をやたらにクオリティ高く再現したことでオタクの間で有名で、ペリリュー島攻略中に海兵隊が出会う恐ろしい存在として描写されている。
車載機関銃をパラパラばら撒きながら俊敏に走り、主砲をぶっ放すシーンもあり、その際には海兵隊はビビって逃げ出す。その勇姿に日本のオタクは歓喜するのだが、直後一瞬でシャーマンに撃破されて退場。涙なしには観れない名場面だ。
やたらクオリティ高く造形されカッコよく走り回るのに、一瞬で米戦車の引き立て役として消費されるガッカリ感は日本人にしか芽生えない特有の感情と思われる。
制作者の諸氏も、これほど美しくカッコよく作ったプロップを1分ぐらいの登場シーンであっさりぶっ壊して退場させるってすごいカタルシス…を通り越していないだろうか?もったいねーよな。まあ米国内放送のドラマで日本戦車を活躍させすぎても仕方ないのはわかるが、ならばプロップ戦車制作も適当になりそうなもんだが。すごいクラフトマンシップ?なのか、金の無駄遣いなのか。判断がつかない。
まあそんなこんなで、戦車なしの戦車兵フィギュアというのも画竜点睛を欠くの最たるだと思うのだが、今はAIがジオラマを秒で生成してくれるので良い時代になったのかもしれない。
「ザ・パシフィック」は軽くみるにはあまりに重い悲惨の極致のような映画だが、九五式軽戦車が軽妙に走り回り一瞬でやられてしまうその場面だけはそこそこ安牌なネットミームとして長年愛されている。ぜひ探してご覧あれ。

20260320
DP28軽機関銃

1928年制式のソ連製軽機関銃。
かっっっっっっっ
…こよくね!?(限界溜め)
というわけですが、見た目ザクマシンガンだけど単純な構造で故障が少なく、当時としては装弾数も多めで弾頭も大きめ。普通に強烈な軽機でいまだにウクライナ戦で使われてるとか何だとか…(噂)
しかし作られた時期が悪いよね。ロシアが戦国時代だったのは1920年前後なんで、平和になってから作られた機関銃だったわけで。スペイン内戦や冬戦争で実戦投入された訳だけど、どちらも負け戦で活躍したとの話も聞こえて来ず。
独ソ戦ではドイツ軍に奪われて有効活用されてしまい、やはり活躍したとは聞こえて来ず。(活躍したとは思うんだがそれほど有名ではない軽機である)

むしろドイツ兵が持つと妙な色気が醸し出されて良い感じすぎるぅぅぅ
この写真がのちのザクⅡのモデルになったそうです(嘘)
ロシア製傑作銃といえば”小さな大量破壊兵器”AK47が有名ですが、AK47はドイツ軍が大戦後期に開発したMP 44が前身としてあり、そのドイツ軍はロシア製のPPSH1941に対抗するために強力な短機関銃を欲したという背景があり…やはり独ソはお互いを憎みつつリスペクトもし、切磋琢磨した兄弟だったんだなと(遠い目)←ハルシネーション
日本はといえば短機関銃なんかいらんわと作りもしなかった。カスだなほんと(←本当はドイツのMP18を真似た百式短機関銃というのを作ったが開発生産が著しく遅れ、空挺隊のような特殊なエリート部隊のみに配備されそのまま終戦。海兵隊に左手でノックアウトされるのも当然だ)
1/6フィギュア界隈でいくと、敵の武器を使いこなすは実戦経験豊富なベテラン兵士の証。勝利の勲章。というわけでロシア製の銃まで集めなきゃならないので本当に底の見えない沼。金のかかる趣味です、ほんと。
20260319

かっこいいなあ…(もうええて)
まあ、それはとりあえず置いておくとしまして。そもそもどーなんすか?ナチス親衛隊のフィギュアをこうやって集めてるやつは倫理的に悪ですよね?悪であることは疑いなし。真の悪。問題はその真の悪がいまだに世界中にいるってことだよな。どんだけ愛されとんねん第三帝国。とでもいいたくなる感じですよ。人気ありすぎ。世界中にガチの愛好者が山ほどいるんでヤバいです。だから俺一人この際見逃してくれませんか😭?
しかし、思うのだが、戦車や飛行機のプラモデル組み立ててる人たちも似たことが言えまへんか?戦車も飛行機も人も殺すための兵器じゃないですか?そう考えるとね。そんなもんを組み立てる人も大同小異だよね(真顔)。
ここで基本に立ち帰るが、宮崎駿も似たようなもんですよ。あれはシコシコと一人で自室にこもって模型組み立ててるオタクの爺さんが、たまたま打ち込む対象がアニメだったというだけの人ですよ。
もちろん人並外れてクリエイティブだったのは確かなんですが、今回は善か悪かの話なんで。才能があるかないかの話ではないわけで。左翼思想を持ちながら右翼の極地のような造形物を愛でる。そんなことが可能なのか?まあ答えを申し上げますと可能なんすよね。その証拠が宮崎駿であり町のプラモ屋に並ぶお爺ちゃん達ですわ。
俺から言わせるとどれだけ精巧に作られていようと、もう人を害する力を失った造形物に罪なんかあるわけないんすよ。戦車も飛行機もマシンガンも実弾を発射して人を殺す能力は完全に取り去られているわけですから。形だけですから。単なる模型ですから。変わった趣味ではあるかもしれない。女に疎まれ見下される趣味に相違ありません。しかし、間違いなく人を傷つけることは絶対にない趣味と言えませんか?ならば、認められるべきだと思うんすよ。
むしろミッドライフクライシスに差し掛かった中高年男性は、今まで有り余るリビドーで様々なことを成し遂げてきたかもしれないのですが年月は残酷で平等です。弾切れするしそうなったら大したこともできなくなる。自分自身も嫌でも弾切れになってきたことを自覚する。そこでイヤイヤまだまだよ!と若さに固執するならば、気持ち悪いオヂアタックを繰り返すみっともないやつに成り下がってしまう。
結局、受け入れるしかないのかなと。歳をとった自分を。色々なことが若い頃のようにできなくなった衰えた自分を。スポーツすりゃ体を痛める。新しいことは覚えられない。未来を描こうにも時間がない。気持ちの悪い垂れ下がった醜い顔。恋愛は圏外。色々こうして言語化すると虚しいが、それを仕方ないんだよと丸ごと受け入れる仕事。それをするっきゃないと思うんすよね。粛々と。どうやってやるのか?それは人それぞれに形があるでしょう。違ったやり方になるのが当然。自分なりのやり方を見つけていくしかないんじゃないでしょうか?
70になっても白髪染めしてタフガイなフリして若い女に言い寄ってるみっともない団塊世代とか。そんなのがいるとしたらと仮定するけど、若い頃みたいに上手く行くわけないんだから。もうやめとけしか言葉が出てこない。みっともないよと。
朝6時に川釣りしてる背中の曲がった爺さんの方がめっちゃセクシーだと俺は思う。長靴履いて川釣りしてる幽玄な爺さん達に静かなリスペクトを感じていました。嗚呼…俺ももう少し時間が経ったらあっちに行くんだなって。行きたいなって。そう思いながら岩を登ってました。そういえば。
結局、必要なのは今の自然な自分を受け入れることじゃないんすかね?となると、模型とかミリタリー趣味って体が老いても楽しめるし、蓄えた知識で自分なりのこだわりを表現できたり、時間はしっかり潰れるし悪くない趣味だなと思います。とか何とかガンプラしか組み立てたことないのに言っちゃうんすけど、タミヤの戦車とか実は俺も興味めっちゃあるってことは告白せねばなりません。。
とんでもない深淵が広がる恐ろしい世界ではあるが。ある意味常軌を逸した狂気の面倒臭さを持つ趣味だと思うが。プラモデルの戦車一つ組み立てたこともなく人生を終えるのかなって最近感じることがある笑
戦争の道具のミニチュアをコツコツ組み立てる、ナチス親衛隊の軍服の質感やカスタムにこだわる、似た邪悪さがあるのでしょう。人は気持ち悪い趣味だと嫌うのでしょう。しかし、何だか最近はそれほど悪いものではないんじゃないかな?と思えてならないのです。フィギュアやプラモデルに殺された人は一人もいねーと思うよ。
20260318
お喜びくだされ!ここのドメイン代払うことができました。お名前.comだと思ってたら全然違ってましたわ笑 ログインできるわきゃねーわな。というわけで無事存続が確定しました。
2040年には日本の滅亡が静かにはじまり、2050年には国体の解体が決定事項ということであります。ジェミニとClaude双方に確認しましたが。ハルシネーションなのか?まあ、祖国とこのブログのどちらが長生きするのか賭けてみようじゃないですか。移民に食われながら、最後は米国と中国に分割統治されるのがリアルだそうです。英語も中国語もよーわからんわー。自分はいいが、子供達はどうする?酷いことになりました。
現実逃避しましょう。国の滅亡=個人の死ではない。楽しんだら勝ち!今日もこれです⇩




こたいだのマックス・ヴンシェのフィギュアですが、勲章徽章の類をフルセットしました。2時間かかった。老眼にはキツいよこれ実際。
この人を知らないという人は多いと思いますが、ドイツ軍オタクならこの写真で有名なので知っているのでは?

はい!めちゃかっこいいです。異論はないですね?カッコ良いです。この頃おそらく30歳ぐらいの若者。階級にして親衛隊少佐及び武装親衛隊少佐。は?武装SSの士官はね。アルゲマイネ(一般)親衛隊の階級と武装親衛隊階級の二つを同時に持っていたんですよね。しかも警察畑から来た武装親衛隊なら警察の階級も持っていて、つまり一人の人間に三つの所属と階級があったりしました。複雑だねえ。。これが示す通り親衛隊(SS)は軍でも警察でもあり政治的な暴力機関も兼ねていたわけですな。まあそんな話は良いとして。
マックスヴンシェは、文字通りSSの最も栄光に満ちた部分を地でなぞるエリートとして生きた人物。ヒトラー個人の護衛隊としてキャリアを開始し、ミヒャエル・ビットマンの上司でもあり、パンツァーマイヤーことクルト・マイヤーとも親交が厚く仲良し。自身も大した経歴もないはずなのに東部戦線で赤軍と戦車戦をやらかして戦功をあげまくって29歳にして少佐。ノルマンディーでは第Ⅻ装甲師団「ヒトラーユーゲント」で連合軍をめっちゃ苦しめて野戦昇進。中佐になるがその直後捕虜になる。
そのあとは穏やかに割と丁重に扱われて終戦。戦後は実業家として成功し美人のカミさんと5人の息子がいた。80歳まで元気に長生き。戦後に会った人の話によれば控えめで紳士な人柄だったという。
こんな第三帝国のA面の話をされても困惑ですよね。。。こんな人物のフィギュアを買うなんて!売るやつがいるなんて!この世はけしからんですな😭ほんと、そこは同意します。けしかはん!けしからん!
それにしてもこんな常軌を逸したようなクソカッコ良すぎるクールすぎるユニフォームや装備で最前線を戦っていたなんて…ほんとナチは信じられない奴らだよ。ドイツがこえーわ

20260317
あまり独りよがりにオタクすぎる話をしても仕方ないですよね。
それにしても、もう三ヶ月岩に行ってない。故障したわけでもないのにこんなに空いたのは多分初だね。モチベがかつてないほど低く…体重も増加してしまった。体が重い。
つーかこれが普通なわけだよね。岩場に毎週通う生活の方がおかしかったわけです。去年の今頃は8メートルの岩から落ちて腰がおかしくなり、半年ほどまともに登れなくなった。どう考えても今年のほうがまとも。まともなはずなのだが…
この地味な焦燥感は一体…フィギュアいじって楽しいし仕事はダラダラやってノーストレス。金の心配はかつてほどではない。娘の誕生日に義実家からまた50万カンパされてしまったのでもう学費の心配は必要なくなった。足向けて寝れんわ。それに比べて実両親は孫の誕生日すら忘れており対比が際立ちますな。まー人に文句言える立場じゃありませんが。
人生でやることは文字通り住宅ローンを返すだけになりましたな。後はとりあえず生きることですな。生きるのは誠にしんどいが、土台の工事を地味に続けた結果、仕事はそこそこでも生きていけてる。土台の工事が何より大事だったなと俯瞰して思うところです。
今の職場は高齢化が進んでいて居心地が良く、俺の年齢でも若手の扱いなので本当に楽。定年は70歳だし。70歳まで働かせて頂けるならありがたいわな。最強伝説黒沢の同僚のおじいちゃんみたいなこと言うが、もう仕事選べないから。仕事貰えるだけマシなんでありがたくやるしかないんすよ。グダグダ言っても一銭にもならんし。
言葉は不要なので貯めてくしかないんすよ。円安で貯めてるだけじゃダメだと言うんならドル建て資産を作ればいいだけなんすよ。コツコツとやればいいんすよ。
とはいえフリーランスゆえ収入は不安定だし無駄遣いもしまくっちゃって久しいが、去年から不要物売りまくって気がついたら150万利益出てましたわ。思ったよりずっと多かったわ。なので今防御力一番高いですな。確定申告も初日に済ませて10万返ってくるし。それで固定資産税と自動車税なんとか払ってさ。今年は早くも乗り切れそうな予感ですわ。
んなわけでもうすぐ誕生日なのでセルフ誕プレにマックス・ヴンシェのフィギュア買っちゃいましたわ。さすがにこれは買う気無かったんだが、海外で300〜400ドルクラスで売ってるやつが送料込み2万弱で売ってたので衝動買いしちゃったわ。つーか、これはカッコええわ。ドイツ兵のボックスフィギュア買ったの多分15年ぶりぐらいだけど後悔はねーすわ。

ちなみにイタリア迷彩のツナギは古いドラゴン社のパーツで、これのセットではないんですよ。徽章の類をツナギで文字通りカバー。カバーオール!正しいカバーオールの使い方ですわ←違う 高級腕時計買ってベルトだけ安い既製品に換装するのと同じ心理ですけど。適当に着せてみたにしては良くねースカ?ほんとドラゴン社侮れないっすよね。
マックスヴンシェが誰なのか、このオシャレなイタリア迷彩と呼ばれるファブリックが何なのかという話をしてもいいのですが、もう需要ないでしょ。Wikipediaあるし😭もう俺のような老害は消えゆくのみだ。つーかイタリア迷彩の話はWikipedia掘っても見つからないですな。結局濃ゆーい知識は俺たちオタクが独占してんの!あんまり舐めないでほしいの!
はい、つーわけですが俺はひっそり自室でイケメンのフィギュアを着せ替えてニタニタしてるので放っておいてください。えへへへへかっきーよなコレ
20260313

写真はディルレヴァンガー隊が連合軍に降伏した時の写真だ。かなり珍しい写真といえる。
中には陸軍の兵士も混ざっているが、注目したいのはディルレヴァンガー隊の面々の付けている徽章だ。
まず襟章は⇩が正式。恩赦された密猟者を集めた部隊であったゆえ、猟銃を交差し下に手榴弾を配置した厨二丸出しの襟章。この東欧のネオナチの如き信じがたいデザインのものがガチの本物。ディルレヴァンガー隊の懲罰兵士は皆これを付けていた…はず。



ディルレヴァンガー隊は懲罰部隊ではあったが位置付けは相当特殊で、3/4に説明したようないわゆる執行猶予大隊Bewährungs-Bataillonとも懲罰大隊Strafbataillonとも言えない感じがする。いきなりちゃぶ台返しして申し訳ないが、、
国防軍の懲罰部隊の考え方と、SSのそれではまただいぶ違っていたようである。こないだ話した通りで、ナチ社会においては国防軍こそが紛れもなくエリートで、基本的に純血ドイツ人成人男性しか入れないのはむしろこちらであって、武装SSは国防軍の徴募規定と被らないよう最新の注意を払って隊員を徴募した。その結果集まったのは外国人義勇兵、犯罪者、子供(ユーゲント)など、国防軍には到底入れない社会のはみ出し者達である。
エリート官僚組織ヴェアマハト=「ドイツ国防軍」と、元々ヤクザに毛が生えた程度の組織でしかないSSの考える「懲罰兵」の定義はかなり異なっていたと考えるべきだろう。
ディルレヴァンガー隊は、結成当初は恩赦され、改心したと認められた密猟者に訓練を施し、試験に合格した者だけが隊員となれた。ある意味犯罪者ピラミッドの頂点であったが戦争が始まると人が死ぬので補充が必要となる。当然の話だがそうなると改心したとか、恩赦されたとかはすっ飛ばされてガチの犯罪者が集められるようになる。軽犯罪、重犯罪も曖昧。そのうちもっと数が足りなくなるとウクライナ傭兵やソ連兵捕虜という最も質の悪い(断言するのは申し訳ないが…)連中が入ってくる。
彼らガチの犯罪者、荒くれ者、ヨタモノを統率するにはどうする?こちらもまたしても真の恐怖が必要になるのだ。そう考えると、部隊長のドクトル・ディルレヴァンガーがそもそもからガチの狂人で、小児やユダヤ人女性に対する性的暴行で何度も挙げられているような人物であった。しかも、ポーランドではユダヤ人女性複数にストリキニーネを注射し、死の間際に苦しむ様子を煙草を燻らせながら見て楽しんでいたという逸話が残されている。
正真正銘のサイコパス、シリアルキラーのような人物で、戦場での乱暴狼藉で何度も訴追されそうになりつつ、地位や学位(政治学博士)を剥奪されることもあったのだが、戦場で獰猛に戦い負傷することで名誉回復できるというナチ社会の免罪の方程式を巧みに乗りこなした老獪な男でもあった。事実その通りだったのである。
そもそも戦歴からしてすごい。第一次大戦でも死ぬほど戦って何度も負傷して少尉にまで野戦昇進し、戦後はフライコール(=武装した右翼団体みたいなもん)に所属。スペイン内戦ではコンドル軍団に参加しそこでもめちゃくちゃ戦い負傷。SSに入ると人の嫌がる強制収容所で勤務して人脈形成。この間も犯罪行為は何度も行われていたが、戦って負傷して名誉回復を繰り返す。
第二次世界大戦が始まる前からこれだよ。筋金入りの戦闘狂で、戦い続けて脳が壊れた異常者だったのだろう。しかも重度のアルコール中毒かつモルヒネ依存者。粗暴な性格で部隊長のくせに自ら最前線で銃を持って戦い、自分に従わない部下にも容赦しなかったとか。しかも多分だが負傷する=ご褒美という歪んだ報酬系が形成されて重度のサドマゾヒズムに囚われていた可能性高し。本当に変態映画の主人公にしたいような人物だ。
独ソ戦が始まり犯罪者部隊を任されたのも、ひとえにこの獰猛な戦歴と、猛々しい気性と異常な人格がヒムラー等上層部のお眼鏡にかなったからであろう。ナチの哲学では獰猛な肉食獣は誇り高き強者と見做される傾向があった。その際たるは実戦を知る本物の軍人達で、超軍国主義社会では敵を殺し自らも負傷した実戦を知る軍人はカミサマの扱いだったのだ。これは帝国日本も同じであった。
しかもディルレヴァンガーは政治学博士でもあったから、荒くれ者どもを即決裁判で殺していいという強権が与えられており、部下を殺しても全く罪に問われることはなかった。これはのちの憲兵軍団feldjagerkorpsの図式に近く、獰猛な歴戦の超軍人に党がお墨付きと無限の権力を与えるというモデルケースがすでに存在していたと見るべきだろう。
写真を載せてもいいのだが、もう本当に怖い顔をしていて見るからにヤバいのでやめておく。界隈ではとても有名な人なのでちょっと検索すればすぐ出てくる。興味があるならググってみてくれ。
それはいいとして、一番上の写真の雑多な制服の着こなしといったら素晴らしいですね。帽子のドクロの徽章が取れちゃってる人もいるし、士官はSSのルーン文字がちゃんとついていたりとか。
エリートの陸軍兵士と混ざっていても、それほど違和感がないのも面白いところですよねえ。。みんな同じ人間なんだよな。。たったそれだけ語りたいだけなのに随分長く遠回りしたものだ。
軍服の統一感の無さも特筆したいところである。下を見て欲しい。

これは先に語ったSS降下猟兵500大隊の兵士だが、右襟にSSルーン文字が空欄になっていて、黒い台座だけが残っている。これが名誉を失った懲罰兵士であるという印になるのか?わからない。
また、以下である。

これは前回の記事で紹介した写真だがもっと写りの良いものを見つけたので再掲載。やはりというかなんというか、階級章がどこにも無し。所属を示す徽章もなし。これが懲罰兵士の独特のスタイルなのか、野戦の最中では徽章なんかどうでもええんじゃボケ!ってことなのか。現に野戦の最中の兵士ほど、徽章関係はマジで雑。そりゃそうだな。生きるか死ぬかの戦いの最中に名札の位置なんか気にするものかよ。。。
また、以下。

これもめちゃくちゃ珍しい写真なので涙を流してご覧頂きたい。SS降下猟兵に髑髏部隊(強制収容所監視部隊)からの編入者がいたという話があったが裏が取れずにいた。しかし、この写真でほぼ確定したと言ってもいいだろう。間違いなし。襟の髑髏がその証明である。特筆したいのは、それでいてジャケットやヘルメットに空軍のアドラーが付いたままになっていること。多分訓練始まったばかりで、空軍学校にいる頃か、部隊黎明期の写真なのだろう。
話がとっちらかって申し訳ないが、この手の話は興味ありますか?もし無ければそろそろ話題を変えようかな。コメント欄に意見を書いてくださいね〜
20260309
先日懲罰部隊の話になったので追加でディルレヴァンガーの話でもしようと思ったのだが、昔ワタシがオタクだった頃に読んだ本から情報のアップデートがほとんど進んでおらず、特に日本語文献に至っては類書は一冊も刊行されていない。英語文献でも「黒い狩人」が今でも第一級資料であり、この15年で日本語訳に挑んだ有志も一人もいなかったらしい。いたのかもしれないが大っぴらにはされておらず、高橋慶史氏のラストオブカンプフグルッペ七巻が日本語で読める最高の資料かもしれない。しかし、実は「慈しみの女神たち」にもほんのちょっぴり登場するんでドイツ軍オタクを名乗るならその程度ぐらいはぜひチェックしてもらいたいものだ。それぐらいは読んで「武装SSが大好きです!」とXのプロフに書いてもらいたい。書けるならだが。
最近思うにオタクの質が下がってないか?あらゆる情報に瞬時にアクセスできる現代にありながら、詳しいオタクが減っている気がする。特に若い世代のオタクが頼りない。もっとこの世の深淵に首根っこまで突っ込んで舐め回すように知識を貪ってもらいたいものだ。
また左翼のくせに老害という言葉を平然と使う偽物どもにバカにされたくないのでこの辺でこの話は終わりにしよう。
今日はこの写真を見てほしい。私の蔵書から偶然見つけた一枚だ。

ちょっと字が小さいので⇩に転記する。
「1944年7月29日、わたしはこの写真をメーメル川彎曲部のカウエンで撮影した。わたしの戦車の傍らに立つ二名の武装SS兵は、激しい遅滞戦闘を終えて戻ってきたところであった。おそらく空挺部隊に属し、部隊が損耗し切るまで戦ってきたのだろう。その時我々は、彼等に畏敬の念を覚えた。その気持ちは今でも変わることなく、わたしの中にある」
これは、1944年の7月29日に撮影された武装SSの空挺兵とされる写真だ。これはまさしくSS降下猟兵第五〇〇大隊の兵士だろう。大隊はこの頃、陸軍第6戦車師団戦闘団やその他の国防軍部隊と共に「攻撃集団カウナス」を編成しており、戦車部隊の随伴歩兵として活躍した。7/29はソ連軍の大攻勢により守備戦が破られたとあり、↑のキャプションと状況が一致する。
写真は写りが極めて悪いのだけど、軍服をマジマジと見た結果、以下のことが確実と思われた。
・空軍の後期型迷彩の空挺兵専用ジャケットを着ている。ズボンやブーツも空軍の降下猟兵の装備をそのまま使っている
・ヘルメットも空挺兵独特の丸いやつである
・右肩にさげてるのはMG42汎用機関銃である
・サスペンダーを付けているがベルトに弾薬ポーチなどはなく、非常に簡素な装備である
・両名とも極めて痩せており栄養状態は良くない
・左の人は多分機関銃補助手で、右が射撃手であろう。二人とも肩にも襟にも階級章が見えない
・SSであることを示す徽章は服のどこにもついていない。ベルトのシルバーのバックルだけが武装SS所属であることを示している(空軍のバックルはこんな色ではない)
↑の手記を書いたのは陸軍戦車部隊所属の軍曹だ。彼の目には二人が武装SSなのは明らかだったようだが、ちょっと見ると空軍の降下猟兵と見分けるのは至難の業だろう。本当に右側の兵士のベルトバックルだけじゃないか。階級もわからない。
仮説だが、まだこの頃五〇〇大隊は名誉回復が許されておらず一般兵士は執行猶予中の懲罰兵であった可能性がある。五〇〇が名誉回復されて六〇〇大隊へと名を変えるのは10月である。それ以前は一般兵士は階級章を剥奪されていて、↑のような簡素な装備で戦っていたのではないか。
この頃の大隊の戦力は90名程度にまで数を減らしており、それでもまだ組織的な戦闘を継続していたということだ。陸軍のエリートである戦車部隊兵士に「畏敬の念」を感じさせる戦いぶりだったということである。損耗率90%でもまだ戦い続けられる軍隊って他にあったのかな?これも憲兵軍団がいたせいなのかな。NKVDが背後にいたソ連軍はどうだったのかな。日本軍ならとっくにバンザイ突撃で玉砕してそうだが。
彼らが正真正銘ガチの凄腕猛者集団であったことはこの一枚の写真だけでも読み取ることができる。
俄然、襟に階級章を付けてないフィギュアを組み立てたくなった。
20260307
どこにも需要はないと完璧に理解しつつ、ついつい聞かれてもないヨタ話を繰り広げるのが中高年というものだ!情けない限りだが勝手に続きを語って行く。

これが昨日の続きだ。とりあえず手持ちパーツで完成させた。けっこうめちゃくちゃなのだがなるべく史実を無視せず組み合わせたつもりだ。
こんなにもかっこいい(と自分で断言するが)武装SS(WAFFEN-SS)だが、見た目の通りめちゃくちゃ強かったのだろうか?強かったのだろうと信じ込んでる中高生はかつては沢山いたものだ。「ヘルシング」とかいう空想ホラー漫画のせいだったのだが。あそこで登場する降下猟兵の装備や制服は完全デタラメファンタジーなので信じてはいけない。リアルなのは自分で言うが↑だ。
と言ってもだいぶ冒険はしている。これはSS降下猟兵600大隊をイメージしている。空軍の装備をそのまま流用した500に比べ、武装SSらしい制服や装備を身につけているのだが、両脇のグレネードバッグは空軍スタイルだ。そこにほんの少しのアイデンティティを付与してみた。
というかこれはujindouというメーカーがそっくりなものを作っているので面倒な人はそれを買うと良い。しかし、そのメーカーは箱写と実物がガチ別物なので俺は買わなかった。別売りパーツだけオークションを徘徊して購入し、ジェイソンステイサムに着せてみたのだ。なかなか良いではないか?と認識している。
さて、そんなフィギュアの話はもういい。今日はWAFFEN-SSはエリートだったのか?という話を少し触りだけしていきたい。誰にもそんなことは聞かれていないのだが勝手にさせて欲しい。
一言でいえば、ドイツ軍なる総体の中でエリートだと断言できたのはドイツ国防軍だけだ。以上!復唱の要ナシ!
うん。もう終わりなんだよこの話は。
ドイツ国防軍はプロシア帝国から面々脈々と連なる由緒正しいエリート軍人集団であり、その権威と名声は絶大であった。ヒトラーでさえドイツ国防軍の大ファンで、若い頃の大戦で鉄十字章を貰えたことを終生の誇りとしていた。そのために粛清が遅れたふしがある。
一方で親衛隊とはなんぞや?SS(SchutzStaffel)は親衛隊と和訳されたが護衛隊ぐらいの意味。なーんだただのアルソックか。吉田沙保里は人類最強だったかもしれないが、親衛隊はナチ党私兵集団の突撃隊(SA)の一部門に過ぎず、非軍人が主体のショボい素人集団であった。
権力争いにばかり腐心し、実体を伴わないエリート神話により国民にはむしろそのイタリアをパクった真っ黒い制服を馬鹿にされる程度にはショボい集団だったのである。親衛隊はいつしか黒い制服は廃止にし、陸軍風の灰色の制服を正式とした。そう、エリートのイメージに手っ取り早くただ乗りしようとした結果が、またしても単なるパクリ(陸軍の)だったのである。
さて、そんな中戦争が始まり、権力拡大の絶好の機会が訪れた。というか、散々偉そうにしてるのに国家の存亡の危機に親衛隊は戦わないのか?当然国民は国内勤務する親衛隊をハナで笑っていた。
舐められてたまるか😭と石破風のドイツ魂が炸裂した?かは定かではない。親衛隊はここぞとばかりに勢力を伸ばそうと頑張った。ヒムラーやハイドリヒ達の話となる。彼らは巨大な警察機構を作り上げた。とはいえ、軍人としては結局素人集団なのである。指揮官に元陸軍の軍人を雇ってみたりもした。しかし、結局素人だし数も少ないし陸軍のオマケ扱いでおっかなびっくり付いて行き、チョチョイと戦うことしかできなかった。
とりあえずSSが戦場でエリートとして振る舞うためには陸軍の真似を続けるしかなかった。しかし、武装SSの指揮官は反軍的な思想を持つ者もいて、彼らは武装SSが陸軍化していくことに反感を持っていた。
歪んだエリート意識とコンプレックスをこねくり回した結果、彼らはアーリア人の純血だの人種差別を先鋭化させていき、弱者への情けは弱さの証だののモットーを掲げる結果となり、無抵抗の捕虜を虐殺してその獰猛さや卑劣さ、血も涙もない態度をアイデンティティーとするしかなかった。武装SSが戦場に出ると異常に獰猛に戦い、部下は簡単に死なせるし、得た捕虜は国際法無視で皆殺し。悪評は世界中に簡単に広がっていった。
「そういう意味」で言えば、彼らはエリート部隊となれた。ナチ内部の勢力争いも、戦争はSSを利する結果となり、装備や新兵器は優先的に武装SSへと配備される。また、歴史や伝統やこだわりがないハリボテであるが故、国防軍のような様式美を気にする必要がなく、かえって場当たり的にどんな勢力も吸収し、効果があるとなればどのような迷彩服でも装備として取り込んだ。
武装SSの迷彩パターンのバリエーションの豊富さは驚くばかりである。間違いなく世界的にも独走状態。優秀な兵器や装備も優先配備。それ故常に最前線に投入される。
彼らは戦った。獰猛さでしか存在を証明できなかったのだ。武装SSの損耗率は国防軍を大幅に上回っており、滅多に降伏せず戦略もクソもなく無謀に突進するような戦い方ばかり。指揮官も質が低かったし、イデオロギーが一時の後退さえも拒絶した。
その結果、武装SSは戦果は挙げるがすぐに使い物にならなくなる。そんな存在となって行く。その極北が↑の600大隊。興味のある人は調べてみるといい。終戦までに3回も全滅している。ほぼ敵はロシア軍。
どこかに似た軍隊がいたように記憶している。そう、日本軍だ。日本軍に似てる。上に雑に扱われ無謀な期待を背負わされ、栄光やら愛国やらを餌にして使い潰された奴ら。日本軍のほうが飯も足りなかったのでより酷かったといえるが。武装SSもロシア軍ばかり相手だなんてあまりに可哀想だ。そんなことしたいか?絶対嫌だろう。彼らだって嫌だった。逃げたかったはずだが嫌と言えなかったのだ。逃げずに前を向いて戦った。敵は皆殺し。民間人も虐殺。対ユダヤ人作戦にもノーと言えない。服従と死のみ。彼らを照らしたのは誰からも認められぬ栄光だけだった。
SSのイデオロギーは歪んでいたのは確かだが、現場の兵士一人一人は逃げられない中で努力した等身大の人間達であった。エリートでも神話的軍勢でもなかった。撃たれれば死ぬただの人。にも関わらず逃げずに戦った。そこに哀しみと畏敬の念が芽生える。ワタシはこの歳になってもそれをどうにも止められないでいるのだな。
20260306
閑話休題といいつつ続きを勝手に語るのだが、今SS降下猟兵第600大隊の空挺兵を組み立てるとこだ。これみてほしい。


うん!ジェ◯ソン・ステ◯サムだね!
なかなか似合うやん。ナチの帽子。ジェ◯ソン・ステ◯サムにナチのかっちょいい軍服。なかなか良い感じやん。ブラピに頭皮剥がれそうやな。まあまあ良い感じと認識している。
だがしかし!
ジェ◯ソン・ステ◯サム(イングランド出身)をドイツ兵と扱って良いのか?またしても新たに根源的謎が生まれた。ジェ◯ソン・ステ◯サムは英国人。英国紳士?労働者階級?知らんがとにかくエゲレスの海賊だ。彼がナチの軍服着たとしてドイツ兵に見えるのだろうか?貴方はどう思う?
そもそもイギリス人とは何か。人種的にはアングロサクソン人である。アングロサクソン人は根を辿ればゲルマン人が5~6世紀付近にブリテン島に移った者達の末裔。ドイツ人とイギリス人のゲノム的距離は北西ヨーロッパ人の中でも非常に近いことが現代の集団遺伝学研究でも示されている。なので問題はないはず。操る言語は違くても同じ民族同じ血を持つ兄弟。
ナチ総統アドルフ・ヒトラーも、人種的に英国は血縁。大英帝国はゲルマン人の血が世界中に大帝国を築いた証明なので敬意を払うべき存在と認識していた。イギリスと戦うことは身内の喧嘩に近く避けるべきと考えた。実際イギリスとやり合う気は全くなく、また戦っても勝てそうにないので野心は東に向かっていた。
ただし、ヒトラーは夢想家ではなく冷酷な実際家であった。英国には勝てそうにないと国民に言うわけにはいかないので便宜的に血縁と言い訳し、プレッシャーから逃げたとも取れる。
陸軍国のドイツが現実的に取りに行く余地が残されていたのは、唯一東ヨーロッパの広大な大地であった。大英帝国とのハルマゲドンを回避しつつ、ドイツを世界帝国へと押し上げる。彼にとって東ヨーロッパの征服は生きるか死ぬかの大博打であったのだ。(そして彼はその博打に負けた)
そんな話があるぐらいなんで、人種的にドイツ系とイギリス系はほぼ同じ。少なくともルーツは同じ。しかし、何故だろう。俺にはそれでもジェ◯ソン・ステ◯サムが英国人に見えて仕方がない。ドイツ人かと言われると、そう見えなくはないが、、やはり英国人にみえる。。。。と答える。
人種的には間違いなくほぼ同じだ。英語とドイツ語という似ているが異なる言語を操る中で、口腔周囲の形に変化が生まれたのだろうか?はたまたタダの気のせいか?
まあ、とはいえ、ジェ◯ソン・ステ◯サムのヘッドを別のにかえちゃおうとまでは思わないので気のせいの範疇なのかもしれない。つーか今回調べなければドイツ人とイギリス人が人種的にほぼ同じだとすらよく分かってなかったので、ミリタリーフィギュアはつくづく教養が身につく大人の趣味だなと再確認した次第。。(ヒトラーの英国=血縁の言葉は前から知ってたが)
みんなもやろうよ!
(このイギリス人とドイツ人の違いの話も続きがあるのでいつか語るとしよう)
20260304
閑話休題として、今日はちょっと別の話をしたいと思う。

こちらは武装SSの降下猟兵第500大隊をイメージして作り上げたフィギュアだ。
親衛隊の空挺部隊=降下猟兵は、実はこの500大隊しか存在していない。(600大隊は500を再編成したもの)
空挺部隊(=降下猟兵 Fallschirmjäger)と言えば、本来ならドイツ空軍の独壇場だったわけで純然たるエリート部隊といえた。
当時、ドイツ空軍降下猟兵は鮮やかな西方電撃戦の武勲に加え、ムッソリーニ救出作戦で知られるグランサッソ強襲を鮮やかに成功させ名声を欲しいままにしていた。
空挺部隊は戦略的なコマから、戦争後期には少数精鋭の歩兵部隊、特殊部隊の扱いへと変化して行き、特にイタリアではモンテ・カッシーノの戦いで空挺部隊が連合軍に恐れられた。
ドイツ空軍の降下猟兵は大戦期間を通して活躍し、常に大衆の賞賛を浴び、エリート部隊として名を轟かせ続けた。
そのような時勢の1943年末、ヒムラーは武装SSに空挺部隊が欲しいと考え、第500降下猟兵大隊を創設。訓練を開始させた。
500は武装SSだがもちろん空軍学校で学ぶしかなく、装備も空軍のものをそのまま借用して使った。↑写真のフィギュアはそれを再現しようと手持ちのパーツを組み合わせて頑張ったもの。
SS降下猟兵はショージキまだ謎が多く、500は半分が懲罰兵で、もう半分が義勇兵(=傭兵・外人部隊)だったとWikipediaには書いてある。
強制収容所監視部隊も混ざっていたという話も別のソースで読んだが定かではない。いずれにせよ、マトモな部隊ではなかったといえる。。。。こういうと失礼だが。。
それはこの部隊の扱われ方を見ていてもわかる。ユーゴのパルチザン指導者チトー暗殺を目標とした「騎士の跳躍」作戦にいきなり投入される。初陣で、だ。期待が大きかったのか、それともはなから使い捨ての懲罰大隊の扱いだったのか…
自分は後者だったのかなあ、と。推測ですが。
当時のナチ社会は情け容赦ないものです。懲罰大隊は何か?をより深く考えていくと、執行猶予大隊Bewährungs-Bataillonと呼ばれたものと、懲罰大隊Strafbataillonの二つに分かれる。
ここで気をつけたいのは、日本語として理解しやすいのでワタシは便宜的に懲罰大隊という言葉を最初に使ったが、500は執行猶予大隊と思われ、Strafbataillon=懲罰大隊とは異なるもの。
古いドイツ小説に999懲罰大隊のお話があって、まさしくこの世の地獄とは?をがっつりケツにぶっ込んでくるわけだが、今回はその話はよしておこう。
ドイツ国防軍では500番台の部隊名は執行猶予大隊として便宜的に用いられており、この武装SSの500大隊もそれを踏襲したと読んでいいだろう(多分な。論理の飛躍と呼ばれると返す言葉もないが多分これは合ってるだろ)
執行猶予大隊は懲罰大隊(シュトラーフバタリオン)とは違うということを理解してもらえれば良い。(これを理解している日本人が果たして何人いるのだろうか…)
執行猶予大隊は、軍法会議や政治的逸脱、命令違反などで軍を追われた者たち。彼らの名誉回復の場として与えられた部隊だ。つまり、シュトラーフバタリオンが純粋な刑罰として最前線の危険地帯にぶっ込まれるのとは異なるニュアンスだ。しかし、シュトラーフバタリオンが被害者として振る舞えるのに対し、執行猶予大隊は「アイツらは自分で望んであそこに行ったのさ」と言われてしまう。
降下猟兵500もそうだったのでは。現実は名誉回復を餌にした強制があったし、そこでまた逃げる、行かない、軍役を拒否する、なんて選択肢があったはずがない。そんな真似をすればすぐ殺されるのがナチ社会であった。(ちょうど先日話した憲兵軍団feldjagerkorpsが創設されるのもこの部隊が訓練を受けている頃であった)
降下猟兵第500大隊は、チトー暗殺作戦の露払いとして最前線の危険地帯、敵地のど真ん中に文字通りグライダー降下で投げ込まれ、全然情報精度も高くなく作戦はパルチザン側に完全に読まれており大損害を被る。チトーは楽々逃げ出し作戦は失敗。千名の隊員のうち800名以上が死傷。全滅、壊滅と呼んでいい有様であった。(軍隊では普通30〜50%の死傷率で全滅判定を受ける。80%の死傷率は日本軍が用いた玉砕に近い状態だったといえる)
しかし、部隊が80%死傷しても彼らは降伏せず生きて帰ってきたし、一時は敵拠点を制圧したとも伝えられるため、死に物狂いで戦い続けた強靭な部隊であったのは疑いない。名誉回復には前に進んで死ぬしかなかったという苦しい事情も窺い知れる。
500部隊はその後再編成され、新たな兵員と、武装SSとしての制服と装備を受領。SS降下猟兵第600大隊と名も変えられる。精鋭空挺部隊として幾多の戦線に投入され(降下作戦は全くやらず完全に歩兵の扱い)、ろくに休暇も与えられず無茶苦茶戦い続けている。生き残った隊員は、いつしか元の階級章とSSのルーン文字を襟に再び着用されるのを許されたとか。つまり、名誉回復が許された部隊だったといえるだろう。
しかし、過酷な扱いは変わらず、終戦までに600大隊は3回も全滅し、その都度再編成を受けて最後まで戦い続けた。一貫して相手はソ連軍であり、東部戦線の火消し役であった。
最後は嫌になったのかもしれないな。西に逃れて米軍に降伏している。500の頃の元の隊員は十人もいなかったと言われている。
↑のフィギュアは襟から階級章を見せるような着こなしをしてるんだが、現実の隊員はまだ執行猶予の身分で階級章やSSルーン文字の着用を許されていない人もいたのかもしれない。参考程度にして欲しい。指揮官レベルまで執行猶予だったとは思えないので上級曹長ぐらいならいたんじゃないかとも思うが。わからない。推測である。
それにしても、この下の制服の襟の出し方が義烈空挺隊に似ていてかっこいい。義烈空挺隊がドイツの降下猟兵を参考にした可能性はないと思うんだが。ま、これも推測です。推測が多いほうがフィギュアコレクターとしては選択肢が広がって楽しい、ってのはあるんですよね。次は600を作るつもりです。600は空軍の装備ではなく武装SSとしての装備で戦っているのでより見た目にカッコいいのです。
20260302
この数日でアクセスが異常に増えたのですが、みんなナチの話は好きかな好きなのかな?まあ、スパムが大挙して押し寄せただけだと思いますが。自分のとこのアクセス解析さえ見させてくれないんですよ。WordPressひどくね。。
それはそれで空気読まずにこないだまでの話の続きをして行きます。その昔「ヒトラー最期の12日間」という映画あったと思うのですが、あの中で憲兵軍団(feldjagerkorps)みたいなのが出てくるという話を聞いて、ちょっと10億年ぶりぐらいに見返して見たんですけど。
若い頃観た時も薄々気がついていながらもあまり口には出さなかったが、これって末期第三帝国の首脳部の面々をずいぶん美化してるよな。うん、薄々わかってたんだよ。美化してるかもなって。ドイツの右翼団体がエキストラで出てるって話が当時からあったし。まあそれはいいとして。
この映画、字幕周りもずいぶん酷くて。いや酷くはないのかもしれないがフォルクスストゥルムを市民軍と訳したりしてるんで、逆に難解になっちゃってると思うんすよ。国民突撃隊でいいわけよ。今も昔もそれでブレたことないんだからさ。
ごめんなさい話がそれました。憲兵軍団のような奴がいるという話ですが、これはおそらくシェンク教授が、といってもSS医師でけっこう悪い奴なんですよ?この人も。しかし善の象徴、人間性の救いみたく描いたのは何故なのか、本当にけしからん(ブツブツ…)

はいはい、話を戻します!シェンク教授の目の前で単なる弱々しい爺さんたちを臆病者だの裏切り者だの言って撃ち殺すゴロツキ連中がいるんですが、これが何なのかって話をしていきます。
きっかけは最近ワタシのnoteに書き込まれたコメントだったのですが、ワタシが熱く移動軍法会議を語っていたのであのゴロツキ達も移動軍法会議Fliegende Standgerichteなのか?って質問だったのですね。ワタシは多分そうだろうと思ったのでそうだと思うと答えたのですが、あの映画を10億年ぶりぐらいに観た中で言うと、安易にそうとも言えないのかなと思ったのでここに改めて書いておこうと思います。
まず画像なしで申し訳ないが、あの処刑部隊指揮官は①武装SSっぽい制服を着ており階級は尉官②野戦憲兵のゴルゲットを付けていない③腕章何か付けててよく見えないけど憲兵のものとは違うぽい④他に部下に下士官が数名と国民突撃隊がいる
…という状況。これが憲兵軍団(feldjagerkorps)なら、陸軍の制服を着て専用のゴルゲットと赤い腕章を付けてるはずなんでちょっと状況と一致しない。また、将校一人と下士官数名という編成は憲兵軍団らしさはあるが、国民突撃隊のおじいさん達を率いているのが最も特徴的といえますな。
また、殺してるのも年配の市民。多分国民突撃隊の中で逃げようとしたおじいさん達。つまり、国民突撃隊が国民突撃隊の裏切り者を粛清したというシーンだと思われます。
となると、国民突撃隊の指揮系統はその地区の大管区指導者(ガウライター)で、その一番上はゲッベルス。ゲッベルスの管轄の処刑部隊ってことだろうかね。
憲兵軍団の線も全然ある。国防軍管轄の憲兵軍団がゲッベルスの管轄に干渉できたのか?はちょっとわからないが、もう首都が落ちるかどうかって切羽詰まった局面なのであり得なくはないと思う。
ゲッベルスの私兵を率いてゲッベルスの私兵を殺してるわけなので、単なる内輪揉めにも見えてきます。ガウライターが現場の武装SS指揮官に即決裁判の権限を与えた可能性も十分あります。
そもそも1945年2〜3月に移動軍法会議設置に関する総統命令というものが出ていまして、全将校が臆病者をその場で殺して良いということになりました。ただ、この総統命令が劇的に現場を変えたのかって話はちょっとちがくて、フェルディナント・シェルナーのような冷酷な陸軍司令官が臆病者、脱走兵をその場で殺すってのは東部戦線で既に行われていたのですね。もちろんその処刑部隊や即決軍法会議に関わった憲兵軍団もいたはずです。
ヒトラーはシェルナーがお気に入りだったので、シェルナーの冷酷なやり口を全軍のスタンダードにしようとした可能性がある。つまり、既成事実に総統命令という最強の権威を与え、前線の崩壊を防ごうとしたわけだ。
脱走兵や自傷兵を見せしめとしてその場で殺し、屍を吊るしたりもシェルナーはやらせてたそうなので、このやり方がベルリン防衛戦でも随分派手にやられていた。これは写真がたくさん残っていて有名な事実ですが。
処刑部隊はおそらく野戦憲兵やSS野戦憲兵、憲兵軍団に限らず、武装SSの狂信的な現場指揮官、ガウライター指揮下の国民突撃隊(指揮官は武装SS?)、義憤に駆られた?国防軍や武装SS将兵など。色んな人がやってたと思われます。話を戻してシェンク教授が観たアレは?となると可能性高いのは、①国民突撃隊を率いたガウライター付きの武装SS分隊②国民突撃隊を処刑人に任命して任務を遂行した憲兵軍団feldjagerkorps
以上、二つの可能性があるかなと。②の場合、制服や装備が違うのでは?と感じるが末期なのでその辺曖昧だったり役割の混在があった可能性あり。①ならガウライター(非軍人)指揮下の国民突撃隊の指揮官が武装SSだったのか?ってのは全く根拠がないのよね。でも末期の混乱で狂信的な武装SSが義憤に駆られて勝手に国民突撃隊を率いて臆病者を処刑した、、の線はあるかもしれないね。つーかありそうだなとは感じます。
はい、まあこんな陰惨な話ばかりで申し訳ないですが、今回また長くなったので続きは日を改めたいと思う。つーかまだ続く…のか?
いつも無言ですみません。いつも楽しく読ませていただいております。投稿心待ちにしております。
コメントありがとうございます。
本当に本当に本当に本当に本当にありがとうございます。(高市調)
ここにも自分以外の人間がいるのだとようやく認識できました。頑張りますのでよろしくお願い致しますm(_ _)m
一ファンにすぎない私にもったないないお言葉です。頑張ってください。応援しております。
かっこいい日本兵のフィギュアですね。義烈空挺隊についてのお話楽しみしております。
コメントありがとうございます。書き込み今気がつきました汗 これは頑張って迷彩描きました!
現在公開中の映画「死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ」
先生の感想を読みたいです。
できたら、原作のノンフィクションも。
是非宜しくお願い致します。
コメントありがとうございます。また、情報提供ありがとうございます。めっちゃ面白そうですね。頑張って観てみます!
唐突に失礼しました!
先生の映画や本の批評の大大大ファンです!
義烈空挺隊のお話感銘を受けました。ナチス関係の話も興味深く読みました。続きも楽しみにしております。
コメントありがとうございます。励みになります。
ナチスの軍服の話興味深く読んでおります。どれだけ深堀していただいてもついていきます!
ありがとうございます。またコメント今気がつきました。このコメント欄不便だな〜
では濃ゆい話もたまにして行きますね!
久しぶりの更新で嬉しかったです。また無理のない範囲で更新していただけるとありがたいです。
たびたびお返事遅れて申し訳ない。。
通知来ないのもやはりこのブログが古いからだと思います。
いつも応援ありがとうございます☺️
先日、過去記事の再公開をお願いした者です。まさかその直後にブログ自体が消えかけていたとは……無事で何よりです
事情もよく分かりました。「音楽と極右」も改めて読み返してみます
それ以上に、過去ブログの個人的傑作選を順次公開するかも、という話が嬉しかったです。
noteの更新も追ってますよー
ブログでもnoteでも、ご自身が今あらためて公開したいと思う文章を楽しみにしています!
色々ポンコツですみません。
気長にお待ちください。
バツダ様
戦争評議会を運営されていた時からの大ファンです。
いつも楽しく読ませて頂いています。
不躾な要望で大変恐縮ですが、学校に馴染めなかったどん詰まりの若者へ向けて書かれた文章をもう一度復旧させて頂くことはできませんでしょうか。
学校を辞めてもなんとかなるのだと、昔の自分が大変勇気づけられ、大好きなコラムです。
お忙しい中恐縮ですが、ご検討のほどお願い致します。
いつも陰ながら応援させて頂いております。
お身体ご自愛下さいませ。
書き込みありがとうございます。
そんなこと書きましたっけ?
ちょっと探してみますね。
いつも楽しみにしています。次の更新も待っています。
(「開戦前夜」をご覧になるかはわかりませんがもし見たらレビューが読みたいです)
書き込みありがとうございます。
やろうやろうと思いながら忙しさにやられて時間が経ってしまってます。頑張ります。